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転校生
男子校には姫と呼ばれる存在がいる。むさ苦しい男子だけの生活の中で、唯一のオアシス的な立ち位置になるのがその姫的存在だ。可愛らしい、綺麗、色々要素はあるにしろ、転校生である徳永玲は、その姫ポジションを直ぐに与えられた。
一方で冬馬はクラスメイトになった徳永玲を遠くからチラチラ観察していた。
妄想姉の作った主人公徳永玲は、華奢で可愛らしい男子生徒だった。目の前の徳永玲はどう考えても主人公そのものだ。と言う事は、これから大和や、花柳先輩と京極先輩らと徳永玲が近づくのだろうか?…真琴にも?
冬馬はここはゲーム通りになってホッとするところだと思うのに、なぜかモヤモヤしていた。距離を取った彼らが徳永玲とどうなろうと自分には関係がないのに。
とは言え真琴が徳永と距離を詰めるのは何だか気に入らない。それとも真琴は隠れキャラだから徳永に気づかれないかもしれない。
「あの、藤原君だよね?君って顔が広いって聞いたんだけど、生徒会にも所属しているの?」
休み時間に机の側に近寄って来た徳永に、いきなりそんな風に声を掛けられて、冬馬は一瞬口籠った。それから気を取り直して微笑んだ。
「あー、所属してるって言うか、以前助っ人してたけどね。もうやってないよ。何?生徒会に入りたいの?」
すると恥ずかしそうに俯いた徳永は、首を振って言った。
「そう言う訳じゃないけど…。僕花柳先輩のファンなんだ。花柳先輩が生徒会長だって聞いて、何か役に立ちたいって思っただけだよ。」
実際に話してみても庇護欲の湧くタイプだと冷静に分析しながら、冬馬は今助っ人をしている生徒の名前を教えた。
「そいつに頼んで連れて行って貰ったら?結構忙しいから助っ人は何人居てもいいだろうし。」
冬馬がそうアドバイスすると、輝く様な笑顔を見せて徳永は礼を言って席に戻って行った。きっと近いうちに徳永が生徒会に出入りする様になるだろう。そしてラブラブゲージを積み重ねてあの中の誰かと恋人になるのかもしれない。
冬馬は自分から彼らと距離を取ったくせして、あの居心地の良い生徒会室が徳永に侵略されることに何だか嫌な気がした。そんな風に思うなんて随分自分勝手だけど。
だから廊下を歩いている時に、京極先輩に捕まった時にあんな態度を取ってしまったのかもしれない。
「冬馬、ちょっと時間あるか?」
いつも誰かしら取り巻きが一緒の京極先輩は珍しく一人で、変わらず愛想の無い表情で冬馬に話しかけて来た。人によっては冷たく感じるだろうその眼鏡の奥の瞳は、見かけだけなのを冬馬は知っていた。
京極先輩に連れられて行ったのは非常階段の奥で、何か他人にきかれてはいけない事でも話すのだろうかと、落ち着かない気持ちで冬馬は周囲を見回した。
「冬馬が俺たちと距離取ってるのはどんな理由なんだ?」
ズバリ核心をつく京極先輩の言葉に、無駄なことが嫌いな先輩らしさが滲み出ていて、冬馬は思わず微笑んだ。しばらく先輩と距離を取っていたせいで何だか懐かしい。
「…冬馬は変わったな。そんな風に笑うような奴だったか?」
ハッとして京極先輩と目を合わせると、先輩はツイと目を逸らした。
「冬馬が俺たちと関わり合うのが嫌になったのは何か理由があるのか?別にもう一度生徒会の仕事をさせたいとかそう言う事じゃないんだが、当たり前だった存在が居ないってのは結構寂しいものなんだ。」
京極先輩からそんな感情めいた事を言われて、冬馬は目を見開いた。正直自分の存在価値を認めてもらえた気がして嬉しかった。何と言っても、京極先輩はこの学園一出来る男には違いないのだから。
「…ありがとうございます。京極先輩が僕のことを買い被っているとしても、そんな風に言ってもらえて嬉しいです。俺が…。理由は言えませんけど、別に皆の事が嫌いになったとかそう言う事じゃないんです。
俺には相応しくないって言うか。もっと適正な人間があそこには必要だと思っただけです。」
そこまで言った時、少し怒りを滲ませた表情の京極先輩が、校舎の壁際にいた冬馬を追い詰めた。壁ドンされた冬馬は顔を上げて、仄暗い京極先輩の瞳を見上げた。
「…必要かどうかをお前が決めるのか?随分生意気だな、冬馬。適正じゃないか…。そうだな、そうかもしれないな。お前が来なくなったせいで、俺はお前の価値を改めて認識した。
…お前は生徒会にはもう相応しくない。」
京極先輩が冷たい口調でそう呟くので、冬馬は少なからずショックを受けて、悲しみで顔が強張るのを感じた。
「こうしてそんな顔の冬馬を目の前にすると、前より甘やかしてグズグズにしたくなるからな。側に置いておくと仕事にならないだろう?」
先輩はそう言って、怒った様な顔のまま冬馬を見つめた。予想もつかないその言葉に、冬馬は目を見開いて京極先輩の顔を見つめた。心臓が不規則に打つのを感じる。
…もしかして、口説かれてる?
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