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辿り着いたのは、夕子が暮らしていた町よりも規模は小さい。
良くいえばのどか。
悪くいえば閑散とした田舎。
けれど夕子はこの土地の空気が心地よいと感じた。
汽車から降りて駅員に住所を告げて行き方を尋ねると、ちょうどバスが出るところだったのも幸先がいい。
最寄りのバス停に降り立ち、まずそんなことを考えた。
教わったとおりに進んでいると、数人の子どもたちとすれ違う。
「こんにちはー!」
「あら、こんにちは」
見知らぬひとにも元気に挨拶をする。こんなところも好印象だ。
夕子の顔に笑みが浮かぶ。笑顔で挨拶されるだなんて久しくなかったので、すごく嬉しい。
子どもたちを吐き出した先にある門構え。表札には達筆な字で『草薙』とあった。どうやらここが目的地。
門の前に立ち、ひとつ息を吐く。
頭の中で見合い相手の情報を反芻する。
草薙公文
自宅で書道教室を開き子どもたちに書を教える傍ら、代筆や代書も請け負っている二十歳の青年。その裏でひそかに請け負っているのが怪異祓いである。
伯父に話を持ちこんだ仲介者がいうには、草薙家は祓い屋稼業を代々おこなっているその筋では有名な一族だとか。この三方町に居を構えているのも、地域一帯に連なる三方山を守護しているため。
そんな家柄ゆえ伴侶探しにも苦慮しているようで、そこで探し出されたのが、同じように『山の神』に縁のある山野辺の巫女だった、ということらしい。
問題なのは、夕子が巫女としての能力を宿していないということなのだが、なんとも厄介なことに、縁談を聞かされたときにはすでに先方へ応と返しており、夕子の事情については明かす機会がないまま今日を迎えてしまっている。由々しき事態であった。
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