山頂を白馬が駆ける

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辺鄙なところにある割には大きな神社だった。ふと近くの石碑が目に入り、やはり、と思った。 そこは白馬の馬神様が祀られている神社だったのだ。白馬の両脇には、それを守護するように一回り小さい男二人が彫られていた。 「昔は母さんとお前と、三人でよく神頼みに来たもんだ」 珍しく親父が自分から口を開いた。 母は自分が三歳の頃に亡くなった。癌だった。母が入院する前、つまり自分が二歳頃までの間は何かあると三人で神頼みの為にそこに訪れていたという。 もちろんその時の記憶はない。自分の記憶では三歳頃に行った一回だけだったが、それが最後の一回だったのだ。 思い返せば、その数日後、母が亡くなったのだ。あの時の親父は、最後の神頼みに来たその親父は、その広くて逞しい背中の先でどんな顔をしていたのか、考えたら目頭が熱くなった。 「でもな、神頼みにも限界がある。きっと神様は努力をするための後押しをする。そんな存在なんだろうな。願ってるだけじゃダメだ。ただ、それを分かっていても、自分の力ではどうにもならない時、結局何かにすがりたくなるものさ」 柄にもない事を言うので驚いた。うっかり泣いてしまいそうになり顔を背けた。何がなんでも人に涙を見せたくないと思うのは、きっと親父譲りだろう。話題を変えた。 「そう言えば、何でまた最近山登りを始めたの?」 「いや、何でもないさ。とりあえず、お前が元気そうで良かったよ」 「三ヶ月前から急に始めたって、何で?」 それを言ってから気がついた。そう、自分が謹慎処分になったその時からだった。 「運動のため、俺の健康のためだ」 それ以上詮索するなと言わんばかりにピシャリと言った。 その神社に辿り着いて気がついた事がある。 気付けば酒を断ち精神が鍛えられ、ランニングで身体が鍛えられ、おまけに親父と山登りするという、ちょっとした親孝行もできていた。 お参りをしたが、何もお願いはしなかった。ただ、今のその状況に感謝し、何とも言えない満足感と共にその聖地を後にした。 帰り際に、見覚えのある容姿の十五、六ほどの巫女さんを見かけた。いや、人は見かけによらない。もう成人しているかもしれない。童顔な大人もいるものだ。どこかで会ったような……。 もはや思い出せなかった。
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