山頂を白馬が駆ける

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あるとき会社の同僚と諍いになり、手を出してしまった。 荒っぽい性格は、これまた荒っぽい父親の父子家庭で育てられたせいだろう。 その同僚の醜く青黒く腫れ上がった左目の周りを目の当たりにしても、謝罪の言葉は出てこなかった。 そいつは人の女に手を出したのだ。自分がその男にしたのとは別の方法で……。 ヘラヘラと笑う顔面に一発ぶち込んでやったのは当然の報いだと思った。結果、謹慎処分となり、それをきっかけに生活は荒んでいった。 それまで接待で実践していた「アルコール療法」と勝手に名付けていたストレス発散方法は手酌酒という手法に変わり、いとも簡単に自律神経を崩壊させ、長期休暇にもつれ込む事になった。 心療内科の他に、カウンセリングにも通う事になった。 二週間に一度、自分の思いなどをひたすら聞いて貰いアドバイスを受けたり、体調の確認などをされる。 その日も彼女からお決まりの質問が続いていた。 「最近は眠れていますか?」 「眠れてはいます」 「『眠れては』?」 「はい」 「中途覚醒……。いえ、すみません。つまり、途中で起きてしまったりとか、そんな事はないですか」 「それはないですが……」 言おうかためらった。夢の話などしたところでお門違い、何の解決にもならないと思ったからだ。 「夢を見るとか?」 驚いた。カウンセラーの彼女は、その道二十年以上のベテランといったところだ。意味のない質問などしないだろうと考え、夢の頻度、内容、全て話した。 「なるほど。夢は深層心理の表れでもあるんです。この場合は……」 いったん言い淀んで、こちらの目を見て続けた。 「お酒、飲み過ぎていませんか?」 驚いた。図星だ。飲み過ぎどころではない。医学的見地からすると常識外れのレベルだろう。酷い時は一晩でウイスキーのボトルを一本空けたりする。 「気をつけて下さいね。先生からも聞いていると思いますが、飲み合わせの悪い薬もありますんで。」 飲み合わせ云々の問題でもない。それ以前にシンプルに飲み過ぎだ。薬を飲んでいなくたって危険な量だ。
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