山頂を白馬が駆ける

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「山登りはちょっと……」 「ちょっと何だ? お前の貧弱な足腰じゃあ無理か?」 あの山だ。登った先に神社がある。 うっすらと記憶はあった。夢にも出てきた、地元の高校の裏にそびえ立つ山だ。急峻な山道に深い森。幼少期に一度だけ親父と登った記憶がある。 片道一時間ほどの獣道のような山道だ。その険しい道に疲れ果て、途中からの景色は親父の背中越しに揺られながら見ていたのをうっすらと覚えている。 親父は二ヶ月前から、その山道を週に一度、往復しているらしい。親父にできる事なら自分にもできると思った。そして言った。 「いや、大丈夫。行こう。ところであそこの神社って……」 何を祀っているのか……。聞けなかった。もう一度、その親父の嘲笑にもとれる豪快な笑いに晒されたくはなかった。 「いや、何でもない。とにかく山登りは行く」 「分かった、来月には気温も下がって登りやすくなるだろう。待ってるぞ!」 そう言うと親父は電話を切った。「登りやすくなる」それは親父自身というよりも自分に向けられた配慮だった。 かつての広く逞しい親父の背中を思い出して、闘志に火がついた。 その翌日からランニングを始めた。 連日熱中症警戒アラートが発令されるような炎天下だ。自然とその時間は早朝になる。 もう二度寝をする事もなかった。規則正しい生活に戻った。 でっぷりと浮き輪のように膨れ上がった内臓脂肪は次第に姿を消し、全身に筋肉が戻った。特に自堕落な生活ですっかり痩せ細った生っ白いふくらはぎの変化は顕著だった。 一ヶ月で容姿を変えるには大変な運動量を必要とする。毎日の積み重ねが、気が付けば大きな成果として具現化していた。
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