山頂を白馬が駆ける

9/11
前へ
/11ページ
次へ
そして、山の木々が微かにその色を暖色系に模様替えし始めた頃に、実家に帰った。 一時間に一本しか通らないローカル路線の電車を降りたら、既に親父は車で迎えに来ていた。 「おかえり」 「ただいま」 それだけ言うと、煤けたような色のくたびれた軽トラックに乗り込んだ。 悪路の中、実家までの三十分、沈黙が続いた。特別な事ではない。親父は寡黙だ。そして、自分もそうだ。 実家に帰る時、その晩は必ず親父とひとり息子である自分とのサシ飲みだった。 かつて、そこに祖父母もいたが、ずいぶん前に他界した。 親父も酒好きだった。黄色く色の濃い、芳醇で麹臭い安酒を愛して止まない、根っからの日本酒好きだ。 しかし、その日の晩は刺身と白飯に申し訳程度の漬物、それに麦茶だった。 内陸で売られる刺身は高価で鮮度もイマイチなのに、魚好きのひとり息子の為にわざわざ買ってくるのだ。東京の刺身の方がマシだなんて言えない。 「日本酒、飲まないの?」 普段は一升瓶から湯飲み茶碗に安酒をドボドボと注いで、それをガブガブと浴びるように飲むのに、目の前の麦茶をいつも以上に静かに飲んでいる。 タダでさえ寡黙なのに、さらに寡黙なのだ。それはまるでお通夜のようだった。 「お前、禁酒中だろ。そんな奴の前で飲めないだろ」 正論だ。酒好きならではの答えだった。よく分かっている。目の前で美味そうに酒を飲む姿を見るのは辛い。 その配慮に感謝しつつ、ただ無言で食べた。 醤油をべったりつけたふにゃふにゃの刺身を頬張り、白米をかき込んで、たまに漬物をかじり、それらを麦茶で流し込んだ。 「ご馳走さま」 二人でそれだけ言うと、就寝した。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加