第一章 黒い瞳のダミアン EP2.オートマタ

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第一章 黒い瞳のダミアン EP2.オートマタ

 次にベルンシュタイン卿がダミアンを訪ねてきたのは3日後のことだった。 「言われたものを用意しました」  ベルンシュタイン卿は頑丈そうな革製の鞄の中から、油紙に小分けにした包みを取り出した。 「それぞれメモが書いてあります。これが右の指の爪、こっちが左、これが足の左右で、これが頭の土、首の土、胸の土、そして髪の毛」  ベルンシュタイン卿は一つ一つを丁寧に机の上に並べた。 「それからこれは妻が愛用していた香水です」  ダミアンはそれらを手に取り、メモと照らし合わせて確認した。 「よろしいでしょう。今夜、ここで仕上げをしましょう。お時間は大丈夫ですか?」 「ええ、これでやっと妻の無念を晴らすことができます」 「犯人を知って、それでどうするのです?」  一瞬の沈黙のあと、先に口を開いたのはダミアンのほうだった。 「警察に相談することをお勧めします。あなた一人でどうにかしようとは思わないでください」 「しかし、警察が耳を貸すとは……」 「ベーレンドルフという変わり者の刑事がいます。ブレーメン警察で僕の紹介だといえば話を聞いてくれるでしょう」 「感謝の言葉もない。ありがとうございます」 「いえいえ、たぶん彼は『ダミアンのやつ、また余計なことをしやがって』と言うでしょうが、そうしたら、こう言い返してやってください」  ダミアンはいたずらをたくらむ少年のような笑みを浮かべながらいった。 「刑事さんこそ、しっかり、仕事してくださいよって」  ベルンシュタイン卿は返答を避けた。 「で、妻はどこに……」  その言葉にダミアンの顔から笑みが消えた。 「ベルンシュタイン卿。いけませんよ。あれはオートマタです。人形です。一時的に奥様の魂を宿すことはあっても、あくまで器。作り物の器です。断じて奥様ではありませんよ」  ベルンシュタイン卿はダミアンの忠告も上の空に作業部屋の隅々を見渡して妻アメリアの姿を探した。 「えぇ、ええ、すいません。わかっていますとも、わかっていますとも」 「ここからの作業をあなたにお見せすることはできません。おわかりですね。ベルンシュタイン卿」 「わかります。では、私はどうすれば」  ベルンシュタイン卿は見知らぬ地に紛れ込んだ子犬のようにきょろきょろと工房の中を見渡した。 「別室でお待ちいただいてもいいのですが、なんというか、僕は心配なのです。あなたのことが」 「私のことが?」  年老いたとはいえ、ベルンシュタイン卿はブレーメンで一財産を築き上げた男である。年の離れた青年に心配されるのは心外だった。 「ええ。あなたは奥様をとても深く愛していらっしゃる。そんなあなたに嫉妬されるのが怖いのですよ」 「私が嫉妬を?」 「そのくらい、僕の作るオートマタは、人間そっくりなのです。とはいえ、支度するためには、人形の隅々をケアしなければなりません。そんな姿、あなたは耐えられないでしょう?」  ベルンシュタイン卿はダミアンの言わんとしていることを理解し、しぶしぶ承諾せざるを得なかった。 「なるほど、わかりました。では、しばらくしてからこちらに伺います」 「そうですね。2時間後にもう一度訪ねてきてください」  ベルンシュタイン卿は上着のポケットから綺麗な装飾が施してある懐中時計を取り出した。時刻は15時10分前を示していた。 「それまでに、あなたが奥様の魂にお聞きしたいことをなるべく簡潔に、そう、箇条書きにしてまとめておいてください。あまり複雑な質問には答えられませんからね。時間も限られている」  ベルンシュタイン卿は、無念そうにその場を立ち去った。それほどにダミアンの作るオートマタは完ぺきな出来であり、もはやそれは妻、アメリアを人質に取られるようなものだった。  ダミアンはベルンシュタイン卿から受け取った品々をもって、奥の部屋に向かった。そこは今まで誰も入れたことのない、人形制作の部屋である。部屋には人の腕や足といった部位の造形物があちこちに並べてある。戸棚には人の目や歯が瓶の中に保存されている。 「さて、最後の仕上げといきますか」  ダミアンは首から下げたロザリオをシャツの中から取り出し、接吻をしながら祈った。 「魂に安らぎを。我にその力を与え賜え」  ダミアンは工房の扉にしっかりと鍵をかけ、工房の中央の作業机にベルンシュタイン卿から預かった品を並べた。作業机の側に天井から吊り下げられた人型のシルエットに白い布がかけてある。  ダミアンは、その布をゆっくりと引く。ちょっと力を加えただけで、その布はするすると床に滑り落ちる。 「やぁ、アメリア。そろそろ目覚める時間だよ」  ダミアンの笑みは天使のようだったがその瞳は神に背く存在にはるかに近い、どす黒いものを宿していた。
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