第四章 盗まれたオートマタ EP.34早朝ミーティング

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第四章 盗まれたオートマタ EP.34早朝ミーティング

 翌朝、ベーレンドルフとカペルマンは保管室で途方に暮れる。 「いや、そんなはずは……。だって僕はちゃんと確認したんですよ」  カペルマン刑事の顔は青ざめていた。 「これはいったい何の冗談なんだ。まったく……」  ベーレンドルフ刑事は頭を右手で激しく書きながら周りを見渡す。 「落ち着けカペルマン」 「すいません、こんなことになるなんて。もしもあれが誰かをくずつけたとしたら――」 「落ち着け!」  ベーレンドルフはカペルマンの両肩をがっしり掴み、顔を近づけて叱咤した。 「お前さんが考えているようなことは起きちゃいないさ。まぁ、もっとも、そっちの方がまだ、ましだったかもしれんがな」  ベーレンドルフはパニックになっているカペルマン刑事を諭すようにいった。 「まず、仮にお前さんが考えているようにだ。人形が勝手に動き出したとして、身代わりになるような品物を誰がどこから調達してくるんだ。あの人形にそんな芸当はできないさ」  朝一番でカペルマン刑事はベーレンドルフ刑事の家に訪ね、昨晩の出来事を報告し、どう動くべきかを相談した。ベーレンドルフは眠い目をこすりながら、カペルマン刑事のとった処置を是とし、朝食もほどほどにいつもより早く家を出た。ブレーメン署に着いたのはいつもよりも1時間ほど早かった。人目につかず現場を検証できると思い、すぐに保管室にきた。 「おかしいですね。鍵がかかっていない」  二人は慌てて目的の物を確認した。部屋の奥にシーツの被せられた人影が見える。人形が昨夜のように動きだし、ドアの鍵を内側から開けた可能性を考え、用心深く人形に近づきシーツをはぎ取った。そこにあったのはアメリアのオートマタではなく、洋服を人型に着せるトルソーが置いてあったのだ。カペルマン刑事はオートマタが一人で動きだし、逃げて行ったのではないかと想像したようなのだが、もちろんそんなはずはない。 「真っ先に考えるべきは誰がここに入り込んで人形を盗み出したかだ。カペルマン」  カペルマンの脳裏に浮かんだのは数人の男だった。 「ここに人形があることを知っているのは、怪我で療養中のベルンシュタイン卿と人形を作ったダミアン、署員は除くとして、部外者ではフリッツ・ブランデンブルグ、仕立て屋の彼ならトルソーをすぐに用意できますね。ということは――」 「それにあの新聞記者も見ている。名前は何と言ったか?」 「確認します。すぐにわかると思います」  ベーレンドルフは手でシーツをもとに戻すように合図をした。 「部長に報告はできんな。このまましばらく放っておくしかないだろう。ああ、ローベルト主任にはうまいこと言っておけ。あれは危険だから、ダミーのものとすり替えて、安全な場所でメンテナンスをしているとか……」  ベーレンドルフは何か思いついた様子だったがすぐに不機嫌な顔をして言った。 「メンテナンスか。また、あいつの力を借りなきゃならんのか。まったく……今日はなんて日だ」 「そういえば、何時にこられるんでしたっけ、その面会に来られる女性は……?」  ベーレンドルフは彫像のように動きを止め、そしてゆっくりと首を横に振り胸のポケットから時計を取り出して時刻を確認した。 「そうか。このくそ忙しい時に……、だから女は面倒で嫌なんだ。俺は十時までは動けん。新聞記者の名前と住所、それからブランデンブルグの店に行って様子を見に行ってくれ、俺はよくわからんが、このトルソーは、店によって違う物をつかっているのか、そのあたりも調べておいてくれ。俺は用事が済んだらダミアンのところに行く。そうだな1時くらいにブランデンブルグの店の前で合流することにしよう。変更がある場合は署に電話を……、そうだアーノルト、あいつに俺から事情を話しておくから、奴を連絡役にしよう」  カペルマン刑事はベーレンドルフ刑事に言われたことを速やかにこなした。新聞記者の名前はコンラート・ジールマンと言って地元新聞社に勤めている。"アメリア・ベルンシュタイン殺人事件及び偽装連続殺人事件"の担当記者だが、ブランデンブルグとの接点まではわからなかったが、それは容易に想像がつく。彼もまたあの人形の目撃者であり、ローベルト主任にからかわれたことを根に持っていたずらをしたということも考えられるが、やはり二人の接点はアメリア夫人ということになるだろう。 「だとすると、あの二人のことが心配です。昨日の夜のようなことにならなければいいのですが」 「たとえそうなったとしても、自業自得という物だ。警察署に泥棒に入ろうなどと、もっとも入られる方も、入られる方だがな」 「すいません。やはり僕が朝まで見張っているべきでした。そうすればこんなことには……」  カペルマン刑事は責任感の強い男であるが、なんでもしょい込む癖があり、ベーレンドルフ刑事はそれが心配だった。 「お前さん、本当にいい男だよ。だがな。この世界はいい人が生き残れるような甘い物じゃないことくらいわかるだろう。相手は人を殺すこともいとわない覚悟でいるか、人を傷つけることを愉しんだり、ビジネスとしてやったりするような連中だ。正攻法だけでは身体が持たないぞ」  ベーレンドルフ刑事に呼びだされたアーノルト刑事がくしで金色の髪を整えながら口を出す。 「その点においてはベーレンドルフ刑事を見習ってもいいと思いますよ。カペルマン刑事。あなたも良い上司を持って、"苦労が絶えない"というところでしょうが、大丈夫。こんな面倒なことの責任をあなたに負わせようなどとはしないですよ」  ベーレンドルフは舌打ちをしながら、改めて責任は自分が取るし、この件は今日中に解決させると言い切る。 「時間が経てば経つほど、たいていの場合、事態は悪い方向に進む。昼までの動きが勝負だ。二人とも、俺に力を貸してくれ」  カペルマン刑事から思いつめた表情をしながらも、自分がやるべきことはわかっている様子だった。 「ではブランデンブルグの店に行って来ます。それから新聞社には別のつてがあるので、ジールマンのことはそれとなく聞いておきます」  カペルマンが出かけたのと入れ違いに、受付の女性事務員がベーレンドルフに声を掛けてきた。 「ニーナ・ディートリヒという女性が面会にきておりますが」 「ああ、わかったすぐに行く」  ベーレンドルフの顔色を見てアーノルト刑事はすぐにピンときた。 「ほう、どうやら若い女性のようですね」 「お前、なんでそんなことがわかるんだ?」 「勘ですよ、勘、いや、観ていればわかりますよ。そんな露骨な表情をされちゃあね」  ベーレンドルフは慌てて顔に手を当てる。 「ほら、図星だ」  ベーレンドルフはアーノルト刑事を睨みつけたが、分が悪いとその場を撤退した。 「できれば代わってもらいたよ。まったく……」  アーノルト刑事はくしをポケットにしまい、ネクタイの位置を直しながら答えた。 「何をやらかしたのかは知りませんが、それは敵前逃亡というものですよ」 「俺は何も……、チッ」 「ほら、ご婦人を待たせちゃ、失礼ですよ」 「まったく、今日はなんて日だ!」  ベーレンドルフの災難は、始まったばかりだった。
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