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第四章 盗まれたオートマタ EP.44尾行
ブレーメンの一等地。フリッツ・ブランデンブルグが経営するブティック、『ブランデン・ローザ』はブレーメン駅から古い教会のある広場を結ぶ、ショッピングロードのちょうど中ほどにある。
かつては地域の住民のための市場であったが、今はもっぱら観光客向けの店や高級宝石店やブティック、革製品の店などが並んでいる。
ベーレンドルフは通りの入り口付近に愛車の白いフェートンを駐車し、同乗者――黒い瞳の人形師、ダミアン・ネポムク・メルツェルと買い物客で賑わう通りを歩いている。目的はベーレンドルフと別行動を取っていたカペルマン刑事との合流である。
巨漢で心優しいベーレンドルフの部下は、アメリアを模して作られたオートマタを不敵にもブレーメン警察署から盗み出した容疑者、ジールマンを尾行していた。
ジールマンは地元新聞社の記者であり、連続殺人事件の容疑者逮捕の取材中に偶然、ブレーメン警察署内に保管されている殺されたアメリア夫人を精巧に模したオートマタの存在を知った一人である。
そのオートマタを盗み出した次の日、ジールマンは何食わぬ顔で出社したあと新聞社を出て、もう一人の容疑者――かつてのアメリア夫人の不貞の相手であるブランデンブルグが経営する店に訪れていた。
そこで何かしらの動きがあると踏んだベーレンドルフは、カペルマンと合流してジールマンを拘束し、今朝から行方をくらましているブランデンブルグの居場所――すなわちオートマタの隠し場所を突き止めようと、買い物客で賑わうショッピングロードを、オートマタの製作者であるダミアンと歩いているのであった。その背後には、彼らを尾行するえんじ色のメルセデスの姿もあったが、ベーレンドルフはそれに気づいてはいなかった。
サラサラとした金色の髪の毛を右手でいじりながら、まるでショッピングでも愉しんでいるかのように振舞うダミアンの姿に、その場に雰囲気に溶け込みながら、顔色ひとつ変えずに、これから人を殺すのに必要な凶器を吟味しているような不謹慎さを、ベーレンドルフは感じずにはいられなかった。
「お前さん、どうして、そんなに愉しげなんだ。ショッピングに来たわけじゃないぞ」
露店にならぶ様々な商品を物色しながらベーレンドルフの顔を見上げると、いたずらを見つかってしまった少年少女のような表情を浮かべながら、クスクスと笑って見せ、ベーレンドルフの耳元でささやいた。
「いけませんか? 別に面白がっているわけではないのですよ。刑事さんのお手伝いをしている僕に辛そうな顔をされてもお嫌でしょう?」
ダミアンの天使のような微笑と悪魔のような言動は、先天的なものなのであろうか。ドイツ人医師と日本人の神職の家に生まれ育った娘との間に生まれ、異なる二つの文化圏で育ったという環境が、彼の特異な性格を形成するのに何かしらの影響を与えたのだろうとベーレンドルフは考えた。
この時、ダミアンに気を取られていたというわけではないが、ベテラン刑事であってもこの状況で自分たちが誰かに尾行さる可能性を考えるはずもなく、ましてダミアンが、何者かに尾行されていることに気づき、わざとショッピングを愉しむようなふりをして、尾行者を確認しているなどとはわかるはずもなかった。
「それにしても見当たりませんね。カペルマン刑事」
ダミアンはわざと周りをきょろきょろして見せる。ダミアンの身長は人ごみの中ではすっかりと隠れてしまう。それに対してカペルマン刑事は群集から頭ひとつ抜き出る背の高さである。
「ダミアン、カペルマンはあれでも刑事だ。ジールマンは警察署に何度も出入りしているからな。あのでかい図体でふらふらと歩いて目立つようなことは……」
ダミアンが何かを見つけて指差す。その方角に血相を変えてこちらに向かって走ってくる巨漢の男が見えた。
「……しないさ。対象を見失ったり……しない限りはな」
「すいません。奴を見失いました」
ベーレンドルフは大きな右手で目と額を覆う。
「それで、心当たりはあるのか。奴の向かいそうな場所に」
申し訳なさ下に大きな身体を小さくさせながらカペルマンが答える。
「それが、どうやらブランデンブルグから連絡があったようなのです。店を任されているスタッフに聞いたんですが、ジールマンのやつ、店の中で女物の服に着替えて外に出たようなんです」
話はこうである。ジールマンがブランデンローズに入ったのは今から二十分ほど前。店に裏口がないことは調べてわかっていたので遠目から人の出入りを見張っていた。何人か女性の客の出入りがあったが、ジールマンがなかなか出てこない。
おかしいと思ったカペルマンが店の中を確認にしたところジールマンの姿がない。そこで店員に「先ほど男性客が入ったはずだが」と尋ねてみたところ、その男は店主のブランデンブルグとなにやら賭けをしているとかで、女装して誰にも気づかれず、ある場所までたどりつけるか、それを記事に書くのだと、ジールマンは自分の身分を明かして説明したというのだ。
ジールマンがどこに向かったのかを尋ねてみたが、それはわからないということだった。
「ブランデンブルグは今日の夜にはブレーメンを出て、パリに買い付けに行くので数日店を任せると言われたそうです」
おそらくパリというのは嘘であろうとベーレンドルフは考えた。なぜならブランデンブルグがオートマタをつれて、公共の交通機関を使って移動するとは思えなかったからだ。
「車を使って逃亡となると、行き先はまるで見当がつかんぞ」
カペルマン刑事は大きな身体を小さくして申し訳なさそうにしている。みかねたダミアンが助け舟を出す。
「木を隠すには森の中といいますからね。人を隠すのなら人の多い町、人形を隠すのなら、やはり人形がたくさんある場所なのでしょうが、さて、彼にとってあれは人なのでしょうか。人形なのでしょうかね」
少し考えてからベーレンドルフが言った。
「なるほど。奴はあれを人形だとは思っていないかもしれんな。もっとシンプルにアメリア夫人の行きたい場所って線はあるかもしれんな。思い出の場所とか……」
カペルマン刑事が何かに気づき、声を上げる。
「それなら、夫人はオーストリア出身だったはずです。確かブランデンブルグはウイーンで最初の店を開き、ブレーメンに移ったといっていました。逃亡するならやはり、土地勘のあるところを最初は目指すのではないでしょうか」
ブレーメンからウイーンまでは九百キロほど、車で丸一日の距離である。ベーレンドルフはそれらの情報を踏まえてもう一度店員に話を聞くことにした。
ひとつにはジールマンが女装して街をうろついているとして、簡単に見つけられるとは思えなかったからである。
それがジールマンの考えなのかブランデンブルグの指示なのかはわからないが、変装するということは、人目を気にして行動していることになる。
こちらが闇雲に動いても相手のほうが先にこちらの動きに気づいてしまう可能性が高い。とすれば――
「なんとかしてブランデンブルグの居場所を特定し、ジールマンに先んじてブランデンブルグを押さえるしかない」
三人はその答えを求めてブランデン・ローザの扉を開いた。
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