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第四章 盗まれたオートマタ EP.45恫喝
「ブレーメン警察のベーレンドルフと申します。こちらのオーナー、ブランデンブルク氏の所在についてお尋ねしたい」
ブランデンローザの店内は木目調の棚や机とところどころ緑色の葉が描かれている白い漆喰の壁でコーディネートされている区画と逆に白い家具とダークブラウンに塗られた壁の区画で別れている。
それは昼と夜のコントラストでもあり、少女と淑女のコントラストでもあるようだ。ベーレンドルフは洋服のことにまるで興味がないが、店内が機能的に整備されていることはわかった。そして客の目線で商品をどう陳列したらいいのかというコンセプトが明確であることにより関心した。
「ほう、これは、これは、なかなか手ごわいですね」
そして同じ感想を黒い目の人形師も持ったようだった。こうしたコーディネート能力、客観的視点を持った人物がどのような店員を雇い、身近に置いておくのかと言うことについても同じ見解であった。
「店主の留守を預かっております、クレーデルと申します。申し訳ございません。先ほどお連れの方にもお話した以上のことは、わかりかねます。これ以上は他のお客様の迷惑になりますので、どうか今日のところはお引き取り願えないでしょうか」
無機質な答えだが、機械的と言うわけでもない。ブロンドの髪をアップにし、黒縁のめがねが彼女の知性を引き立てているが、その奥の細く、やや垂れ下がった目には女性的というよりは、小動物的な可愛さがある。
声の端々にベーレンドルフらに対する緊張と警戒、そして店主に対する恐れが見え隠れしている。ベーレンドルフは若い女性が苦手ではあったが、それはプライベートでのことであり、職務を遂行する上で支障があるほどではない。
しかしこのシチュエーションで相手が男性であれば、胸ぐらを掴んで脅すくらいのことはしなければいけないところだが、そうもいかない。
「すいませんね、こんな大人数で押しかけちゃって。でも、それだけこちらも困っているのですよ。このままいくと、先ほどこの店に来られた男性客、こちらのオーナーを殺しかねない。そういう状況ですので、できるだけ速やかに、詳細に、嘘偽りなく、質問に答えて頂ければ、僕らはすぐにここを出て、あの殺人鬼を引っ捕らえてご覧にいれますよ。ミス・クレーデル」
ダミアンは人懐っこい笑顔を浮かべながら、周りには聞こえない声と距離で店員に囁きかけた。これはもう恫喝である。
「そんな……殺人鬼だなんて。オーナーからは、電話で友人だと申しておりました。」
「もちろん、友人ですとも。それもかなり親しい間柄で、尚且つそれをほとんど誰にも知られていないような、深い、深い仲です」
ダミアンのさらさらした金髪の隙間から黒い瞳がクレーデルを見つめる。
「そしてだからこそ、そういうことは、起きてしまう。恐ろしいことがね。可愛さ余りに憎さ百倍ということですよ。男の嫉妬は、女の嫉妬よりもずっと、ずっと怖いものなんですよ。ミス・クレーデル」
警戒も緊張も店主に対する敬意も、ダミアンの一言、二言で消え去ってしまった。今彼女を支配しているのは黒い瞳の人形師が与えた恐怖であり、それはまるで人形を糸で操るようであった。
クレーデルは救いを求めてベーレンドルフの方を見たが、ベーレンドルフは首を横に振り、彼女に救いの手を差し伸べることはしなかった。いや、できなかった。
「店主の言いつけを守る。それはとても大事なことです。でももっと大事なことは、店主の命を守ることじゃないですかね。そして名誉とこの店とこの店をひいきにしてくれているお客様のことを。あの男が事件を起こし、たとえ店主の命が無事であったとしても、事件のことが世間の知ることとなれば、全てが気泡に帰すという物です。僕はこう見えて、客商売をしていましてね。顧客のプライベートというのは絶対に守らなければならない。もし僕がブランデンブルグさんの立場であれば、やはり同じことをするでしょうね」
クレーデルにはもう、ダミアンしか見えていない。
「同じこと?」
「そうです」
ダミアンはいよいよクレーデルの耳元に顔を近づけ、とどめを刺す。
「お店を守るために、あの男を呼出し、人知れず、殺してしまう……ということですよ」
クレーデルは思わず小さな悲鳴を上げ、細くて美しい指を震わせながら、口を手で押さえて必死にこらえた。しかしこらえきれなかった。
「なんて恐ろしい」
クレーデルは知っていることをすべて話した。それは店主を守りたいという気持ちからではなく、ダミアンという恐怖から逃れたいという一心からであることをベーレンドルフは知っていた。
「しかし困りましたねぇ。だいたいの場所はわかりましたが、まさか一軒一軒しらみつぶしというわけにもいかないですし、応援を要請しますか?」
店を出て、ベーレンドルフの車に向かう道中、カペルマン刑事は公衆電話を指差しながら指示を仰いだ。
「女装をしてくること、具体的な服装の指定、オーバーノイラント、近くに湖、馬車、一時間、ミス・クレーデルから聞き出した情報から我々が取るべき方法は、二時間以内、それもなるべく早い時間にオーバーノイラントに移動し、湖――アハターディエク湖とブロックティーク湖があるが、どちらにせよ馬車で移動するなら通りは一つしかない。そこで待ち伏せるしかないだろう。幸いジールマンが着ている服装を女装前はカペルマンが観ているし、女装後の服装はミス・クレーデルに確認が取れている。もう一度着替えていることも考えられるが、手荷物が増える。借り物だけに捨てるというこどもしないだろう。女装したままだと考えていい」
ベーレンドルフの歩くスピードは必然早くなる。先んじたジールマンがブレーメンから馬車で目的地までまっすぐ行ったとするなら時間的余裕はほとんどない。
ミス・クラーデルは、ブランデンブルグからの電話をジールマンに取り次いだ。その会話で耳にしたのは、『馬車』と『一時間』という言葉だった。
ブランデンブルグはミス・クラーデルに着せる服を具体的に指示した。ジールマンは小柄であったが体系は男である。身体の線があまり出ないドレスと顔が完全に隠れる帽子が用意された。
場所の情報は彼女の記憶による。ブランデンブルグが別荘近くの湖でボートに乗った時に風で帽子を飛ばされた話、そして店主が電話で誰かと話している際に『オーバーノイラントに送ってくれ』と荷物の送り先を話していたことから、どうやら別宅がそこにあることを話してくれた。
彼は普段、近所のアパートに住んでいる。そこに行くのに馬車で行く必要がないことからジールマンの行き先はブレーメン中心地から東へ約十キロ離れたオーバーノイラントの南側にあるふたつの湖の近くと言うことになった。他に可能性がないわけではないが、今はこれにかけてみるしか他になかった。
「大丈夫、こいつなら確実にジールマンに先んじることができるさ」
ベーレンドルフは車のエンジンをかけ、後部座席の二人にしっかり掴まるように指示すると猛スピードで目的地に向かった。このままいけば、陽のある内に事態を収拾できる。
その様子を遠目で見つめる者がいた。
「あちらは何やら慌てている様子ですね。見失わないようにお願いしますよ」
背の高い男は、後部座席のシートにやや前かがみに腰かけ、運転席のフランクに指示をした。
「へぇ、旦那」
白のフェートンを再び六気筒エンジンのメルセデスが追いかける。背の高い男は車が発信するとシートに身体を委ね、空を見上げた。
「陽が傾きはじめましたね。明るいうちに目的地に付ければいいのですが」
「へぇ、旦那」
ブレーメンの駅前――馬車乗り場に鞄を手に、馬車を待つ一人の女がいた。やや大きめの帽子をかぶり、ブロンドの長い髪を風に流されないように右手で抑えている。
「はい、どちらまで?」
彼女の順番が来る。彼女は何も言わず右手を差し出す。そこには一枚のメモが握られている。
「オーバーノイラント、アハターディエク湖の西側ね」
メモには簡単な地図が描かれている。馬車は寡黙な女性を載せて、オーバーノイラントに向かった。
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