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第四章 盗まれたオートマタ EP.47銃撃戦
ブレーメン警察署から盗みだされた連続殺人事件の証拠品は、人の形を模していた。自動で動く人型の造作物――すなわちオートマタであるが、それは人形と言うにはあまりにも人に似すぎていた。それも特定の人物を模している。
創作物で特定の人物を模すというのは、別段珍しい行為ではない。絵画はもっとも古くから使われた技法であり、偶像もまた太古から行われてきた工芸物である。
しかしそれは単に特定の人物を象る、複製するというだけではなく、象徴や崇拝や尊敬や敬意をこめられることが多く、或いは可愛らしさ、愛らしさ、美しさを身近で愛でるということにも利用された。
その意味に注視してみれば、アメリア夫人のオートマタは、証拠品、盗難品という意味合いよりも、重要参考人や証人に近く、つまりは盗またという表現よりも誘拐された、拉致されたと表現するほうが適切なのかもしれない。
そしてだからこそ、単なる盗難事件とは、事情が違うのである。
日は傾き、いよいよ夕闇が近づいている。馬車道から湖畔の別荘地まで百メートルほどの林を切り開いた小道がある。
ベーレンドルフの一行は女装をしたキールマンに気付かれぬよう木陰に身をひそめながら尾行を続ける。人形の人質、女装をした新聞記者、それを尾行する刑事と人形師。
なんとも滑稽であるが、それを笑う者はその場に居なかった。なぜならその様を更に背後から覗く背の高い男には、それらの事情はまるで分からなかったからである。
「どうやらあれがブランデンブルグの別荘みたいですね」
カペルマン刑事は大きな体を屈めながら囁いた。女装したジールマンがいったん立ち止まり、周囲を覗うしぐさをした。
建物のそばに一台の車が止めてある。よく見ると小道には車の通った真新しい跡がある。
おそらく昨夜ブレーメン警察からアメリア夫人のオートマタを盗んで車に乗せてここまで来たのだろう。他に二軒ほど建物が見えるが車の影はない。
「いくぞ、ここで確保だ」
ベーレンドルフが先に動き、カペルマンはそのあとに続く。金髪の青年はふたりの後姿を追うようにゆっくりと歩き出す。
ジールマンの視界に三人の姿が捉えられると、二人の刑事は歩みを早める。ジールマンは今何が起きているのかを考え、彼らが自分をジールマンだと知って追ってきているのだと悟ると、別荘に止めてある車に向かって走り出した。
しかし、ジールマンは忘れていた。自分が今どのような格好であるかということを。
彼は自分の足でスカートの裾を踏みつけバランスを崩し、大きな声を出してその場に倒れ込んだ。
パーン!
同時に銃声が鳴り響く。
ベーレンドルフとカペルマンは思わず身を伏せる。棒立ちになった金髪の青年。とっさにベーレンドルフが彼の右手を引っ張り、頭を伏せさせた。
パーン、パーン!
三発目の銃声とともに、男の悲鳴が聞こえる。
「やめろ! 僕だ! 撃たないで」
ベーレンドルフは舌打ちをした。ジールマンはいまだに自分が標的になっているとわかっていない様子だ。このままでは彼の命が危ない。
「カペルマン、援護しろ」
ベーレンドルフはホルスターから銃を取り出し、頭を下げたまま、中腰で小道を駆け抜ける。
カペルマンは幹の太い気に身体を半分隠し、別荘に向けて銃を構えると扉付近に向けて一発、窓の付近に一発、威嚇射撃したが人の影は見えない。
その隙にベーレンドルフは一気にジールマンが倒れている近くまで駆け寄り、低い体勢で大声を出した。
「聞こえるかジールマン。早くそこから逃げるんだ。こっちに向かって走ってこい! 転ばないようにスカートをしっかりとまくり上げるんだ。いいな」
ベーレンドルフは銃を別荘に向けて構え、ゆっくりと立ち上がった。
「警察だ! ブランデンブルグ! こっちは銃を持った警官が二人だ。ジールマンを人質にでもしない限り、お前の逃げ道はない。わかるな。もう終わりだ。無駄な抵抗はよせ。まだ警察はこのことを知らない。大事になる前に、ここは取引と行こうじゃないか」
ベーレンドルフは大声を張り上げながら、ジールマンに早くこっちに来るようにジェスチャーで伝えたが、ジールマンは思うように動けない様子だ。
「ゆっくりでいい、這ってでもこっちにこい。ジールマン」
正直、ジールマンがスカートをまくりあげて走ってくる姿は観たくはなかったし、女装した男を抱えて発砲犯から逃げる自分の姿も想像したくないベーレンドルフではあった。
それでも相手に次の手を打たれるのを待つことは得策ではなかった。そう判断するとすぐに行動に出た。
「カペルマン、俺が援護するから倒れている御嬢さんをエスコートしてくれるか。お前なら片手で抱えあげられるだろう」
危険な賭けではあるが、素人が銃で動いている人間に致命傷を与えるような射撃はまずできない。
もちろん運悪く当たる可能性はあるが、相手が別荘のどこから撃ってくるかわからない以上、常に二人で銃を構えている必要はある。
カペルマンは身体が大きく標的としては当てやすいが、彼であれば片手でジールマンを抱え、銃を構えながら移動することが可能である。
二人でジールマンを助けに行く方法が最も愚手で、できる限り、犯人が複数の場所を注意するように仕向ける必要があるのだった。
ふとベーレンドルフはあることに気付いた。黒い目の金髪の青年――人形師のダミアンの姿が見えない。
「あいつ、どこに……」
しかし別荘から目を離すわけにはいかない。カペルマン刑事は木に影に隠れながら、別荘の敷地内に入ろうとしていた。
そのとき背後から車のエンジン音が聞こえる。聞きなれたその音は、自分の愛車、フェートンの四気筒エンジンのもであった。
「どいて、どいて、人をよけて走れるほど、運転にはなれてないんだ」
信じられないことに自分の愛車の運転席にダミアンが載っている。ダミアンは奇声を上げながら夢中でハンドルを握り、小道を走ってくる。
「あの野郎、なんてことしやがる! 悪魔め!」
ベーレンドルフはダミアンの邪魔にならないように端に避けつつ、銃を別荘に向けて発砲し、ダミアンを援護した。
「さぁ、問題はうまく止められるかどうか」
身を屈めつつ、ハンドルを右に切って柵を壊しながら敷地内に侵入するとジールマンと建物の間に車を止めるた。ダミアンはジールマンが倒れている建物の反対側に飛び降りた。
「さぁ、これで大丈夫。どうやら銃は命中していないようだね。この程度で済んだことを、神に感謝するのもよし、酷い目にあったことを恨んでもいいけれど、僕から言わせれば、命の恩人には礼の一つでも言っておいた方が、あなたのためになるでしょうね。新聞記者さん」
ジールマンは震えながら、何度も頷いたが口に出して礼を言うことはできなかった。
彼はやっと自分が置かれている立場、危なく殺されるところだったということに気付いたようだ。
ブランデンブルグの別荘は、再び静けさを取り戻した。
しかしそれは、新たな危機が訪れる前触れであることを、一行は確信していた。
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