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妻・恵子
「え、ジム?ジムって、あのジム?」
隼人の眉間に力が入った。
「うん。もういい加減自分だけじゃどうにもできないから」
恵子は朝ごはんを用意しながら隼人に言った。
ダイエットも兼ねて筋トレをするためジムに通いたいと夫に相談していた。
「マジで?別にいいけど、あんまムキムキとか俺は嫌いなんだよな。それにさ、そういうとこマッチョばっかで危なくないの?第一、普通の主婦がそんなところ行って平気なのかよ。バイトもあるのに。時間足りるの?」
隼人は自分の常識に嵌らないものへ嫌悪感を抱く性質だ。次々に「出来ない理由」を並べてくる。
口では「良いよ」と許していても実際は逆なのだ。それは自信家で見栄っ張りな性格の裏にある臆病な心のせいだ。
「それは大丈夫。週に一回くらいだし、平日の午前中は初心者も多いって体験の時教えてくれたの。トレーナーさんは女性もいるから。それにさ、そんなに簡単にムキムキになんてならないって」
「でもなんで隣町まで行くの?近いところで適当なのあるじゃん。そこはダメなの?」
「あそこはダンスとかヨガとかなんだもん。私、そういうのは苦手だし。それにさぁ、知り合いに会ったら嫌だなって。ママ友関係は結構気をつかうんだよ……すぐ広まるから……それこそ、千尋のお友達のパパさんに会っちゃったらあなただって恥ずかしいでしょ?」
「ふうん。まあ、家のこととか、子どもの用事とか、そっちも大丈夫なら良いんじゃない?」
「ほんと?やっぱりパパに相談してよかった。ありがとう」
恵子はすこし大げさに喜んで見せた。
相談とは決める前にどうしようか聞いたり判断をゆだねたり、そういったことをいうのだろうけど、恵子の場合は違う。すべて材料をそろえ、出来ない理由を潰し、決定した後に「報告」するだけだ。
「相談してよかった」と隼人に言うまでが恵子のストーリーの中にある。
入会手続きは済ませている。
「だめ」と言わせる材料は与えていない。
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