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「お母さま、ちょっと聞いてください!」 「聞いてくれ。ヒルダが剣を振り回しながら追いかけてくるのだが!」  私がお母さまに泣きつくのと、お父さまがお母さまに泣きつくのは同時だった。  思わずむっとして、お父さまの足を踏みつけてやる。けれどお父さまは、華麗な足さばきで私の攻撃をさらりとかわしてみせた。その上、バランスを崩してすっころびそうになった私を支えてくれる余裕さえある。きいいいいい、そのイケオジっぷりが本当に腹が立つううううう!!!  悔しくて地団太を踏む私をよそに、お父さまはお母さまに慰めてくれと言わんばかりに抱き着いていた。このふたりは子どもの前だろうが、年中いちゃいちゃらぶらぶしている。そもそも辺境伯がその妻を溺愛しているというのは、この辺りでは有名な話なのだ。お母さまは、「仕方がないわねえ」と言わんばかりの顔で、お父さまの頭をなでなでしている。どうしよう、お父さまに存在しないはずのわんこな耳と尻尾が見えてるんだけれど……。 「婚約者はどうするのだと最近とみにせっついていた娘のために、本気で良い相手を探そうとしていただけなのに」 「だからって、やり方がぶっとびすぎなんです! 今まで『結婚はまだ早い』と却下し続けておいて、いきなりなんですの!」 「俺は、青田買いをして失敗したくなかったんだ」 「なにまともなことを言っている風な台詞を吐いていらっしゃるのやら。どう考えてもおかしいでしょうよ。どうして婚約者を決めるために、舞踏会ならぬ武闘会を開く必要があるのです!」 「お前を任せられる男か確認してから結婚の許可を出したい。それが親心というものだろう?」 「お父さまのわからずや! 脳筋! 何が『自分よりも強くなければ結婚相手として認めない』です。辺境の守護神に勝てる一般人が、そこかしこにほいほいいてたまるもんですか!」  私が叫ぶと、お父さまはますますお母さまに強くしがみついた。ちょっと何それ、「娘に怒鳴られて怖いよ」「()()()()」アピール? はああああああああ!!! どうして娘に怒鳴られているかは考えないつもり?  その上、「俺、間違ってないよね? ね? 男親ってこういうものだもんね?」と言いながらきらきらおめめで、お母さまを見上げるお父さま。お母さまはお父さまに甘いけれど、しっかり娘の私のことも見てくれている。お父さまの暴走を無条件に肯定したりなんかしない。困ったように頬に手を当て小さくため息を吐くと、お父さまには見えないように、私に向かって片目をつぶってみせた。うわーん、お母さま。お父さまがポンコツな現在、頼りになるのはお母さまだけなんです。何とぞお助けを!
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