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 お父さまが呆れたように肩をすくめる。その姿を見ながら、私は唇の端が上がるのを堪えることができなかった。逆にアンドリューは、少しばかり緊張しているようだ。まあ、一世一代の大舞台。ここが勝負の勘所なのだから、当然と言えば当然か。ゆっくりと彼がお父さまの前で礼を執る。そして剣を構える代わりに、見張り台の先を指さした。 「何だ、よそ見をさせて狙うつもりか?」 「まさか。ただ、閣下に少々見ていただきたいものがあるだけです」 「くだらん」 「さようでございますか。それは残念です。夫人には喜んでいただけたのですが」 「ちっ」 「ちょっと、お父さま」  彼の反応が気に喰わなかったのか、お父さまが盛大に舌打ちをする。それでもしぶしぶながら、お父さまは見張り台の上に立った。ここは軍事拠点になっているだけあって、領内がよく見渡せる。 「はあ、一体なんだ。ここから突き落とすぞという脅しか?」 「そんな野蛮な真似はいたしませんよ。ただ、目の前にある光景を見ていただきたいなあと思っているだけですので」  そこで、お父さまの顔が一気に鋭くなった。ちょっと待ってよ。お父さま、あなた手に持っている単眼鏡、使っていないでしょう? まさか肉眼で、街を楽しそうに歩くお母さまと特別なお客さまを見つけたっていうの? えええ、引くわ。それはちょっと……いいえ、ドン引きだわ。  私の目からは、お母さまの姿は確認できない。ただ街がうっすら見えるかなあ?というくらい。ただ、お母さまが楽しそうに過ごしているのだろうなあというのは想像がついた。たぶん歌ったり、踊ったり、距離も近めなんだろうな。お母さまってそういうの、全力で楽しむひとだし。 「……あれは、貴様の仕業か」 「夫人には、大層感謝されました」 「お父さま、今回の件も規約違反ではありません。お母さまに危害は加えておりませんもの。贈り物も、賄賂としてみなされない範囲は好きにして構わないとなっております」 「俺の心に危害が加えられているのだが」 「それはお父さまが、こんな大規模な見合いもどきを行うからでしょう。自業自得です」  結局、何よりもお母さまが大切なお父さまは、血の涙を流しながら下山していった。「下山をした場合、どんな理由であっても失格」と規約に明記していた以上、お父さまのひとり負けだ。  お父さまの愛馬は、「まったく、しゃーねーなあ。ちょっぱやで行ってやんよ。ちゃんとつかまってろよ」と言わんばかりに鼻を鳴らすと、あっという間に走り去っていく。王都のお利口でお上品な子とは違って、やんちゃなじゃじゃ馬っぷりが可愛らしい。 「お母さま、大丈夫かしら」 「僕はどちらかというと、閣下の嫉妬を向けられることになる客人の方が心配なのだが」 「大丈夫です。お母さま、腕っぷしは相当なものですから。嫁いだときにお父さまにこてんぱんにやられた結果、さらに剣術の稽古に磨きをかけたのは有名な話ですもの。体術も相当なものですから、お父さまに回し蹴りをかましてでも客人を守ってくださること間違いなしですわ」  それにさすがのお父さまも、客人を前にすれば気が付くはずだ。「三角関係のもつれにより夫が逆上、相手を……」なんてことにはならないはずだ。たぶん。ならないよね?
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