眩い君に陶酔したい2 ~海辺のレストラン~

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  山下俊文。三十五歳男、文房具メーカー勤務の事務員。年下の彼氏持ち。三連休に入る前の金曜夜に、彼は困っていた。今世紀最大……は言いすぎではあるが困っている。 「デートに来ていく服がない……!」  *********************  数日前のこと。 「俊文さん、よかったら今度ちょっとお洒落なお店に行ってみません?」  会社近くのカフェではなく、ちょっと道から外れたところにある穴場スポットのカフェで二人はコーヒーを飲んでいた。やることはもちろん、いつもの作戦会議である。 「お洒落なお店……?俺が行ってもいいのかな?」 「もう、俊文さんはすぐ謙遜するんだから。誰が行ったっていいんですよ。普段は少し高いんですけど、ランチだと安くなるみたいです。ほら、ここ」  彼が見せてくれたSNSには、お洒落な内装と海が見える綺麗なレストランだった。 「ここのクリームパスタ、生ハムも美味しいらしいんですけど、サーモンが入っているやつもあって。昼間お酒を飲まなくても、ノンアルシャンパンもありますから気分上がると思います」 「世の中にはアルコールなしのシャンパンが存在するんだね……」 「俊文さん、飲んだことないんですか?」 「まあ、基本アルコールが飲みたいからね……」  そう言ってははは、と下を向いて笑う俊文に社会人の闇を感じた咲也は困り顔をしながら笑った。 「せっかく休日が合ったんですし、豪勢にいきましょう。アルコール入りのシャンパンを開けてもいいですよ」 「えええ!?そ、それは背徳感が……」 「俊文さんは真面目だなあ」 「あ、あと車とか運転しない?飲める……?」 「ああ、ここはバスで行けそうなので、最悪どうにかなりますよ……と、すみません。ちょっと注文追加してきます。俊文さんは何か要りますか?」 「あ、じゃあ君と同じもので……」 「それ、今日二回目ですよ」  全くもう、と困ったように笑いながら咲也はレジへ向かう。席を離れた咲也を見送りながら、俊文はぼーっと考える。 (お洒落なレストランか……)  テーブルマナーとかはあるのだろうか。全然学ぶ機会もなかったが、問題ないのだろうか。 (あ、服……)  頭の中によぎった「ドレスコード」というワードに俊文は顔を青ざめさせた。 (しまった!仕事用のスーツしかない!いや、でもドレスコードがない店かも……)  藤崎くんに聞いてみようと思ったタイミングで、彼がカフェオレらしきものを二つお盆に載せて持ってきた。 「お待たせしました、俊文さん。どうぞ」 「これは?」 「これはですね、アフォガードです。珍しく紅茶のアフォガードがあったので注文してみました」 「へえ、コーヒーフロートとは違うの?」  俊文が差し出されたアフォガードを口にする。 「あまい」 「アイスですからね。コーヒーにアイスを浮かべるのがコーヒーフロート、コーヒーをかけて楽しむのがアフォガードです。ただ、国によって乗せるものはジェラートやリキュールだったりするみたいですよ」  彼も一口飲み、「ほんとだ、あまい」とニコニコ柔らかい笑顔を浮かべた。 「君は相変わらず博識だよね」 「たまたま興味がある分野だっただけですよ。実はコーヒー店でのんびり余生を過ごすのもいいなあ、なんて考えてた時期もあったので」 「へえ!いいじゃないか。花屋の次はそうするの?」 「どうでしょうね……。流石にすぐには決められないかな」 「もし君が店を開いたら、一番に飲みに行くよ」 「あはは、俊文さんにしては珍しく積極的ですね。かわいい」  突然言われた「かわいい」のワードに思わずむせる。 「お、俺もうアラフォーだぞ!?」 「可愛いに年齢は関係ないですよ。美人な女優やイケメン俳優で五十代以上の方もいらっしゃるじゃないですか」 「芸能人に俺を混ぜないでくれ……」  困っているのか照れているのか、眉を潜ませ目を逸らし、耳を赤くする俊文を見て咲也は微笑む。そして話題を元に戻した。 「そういえば、さっき言ってたレストラン、いつ行きましょうか?俊文さんいつお休みですか?」 「あ、土日ならいつでも空いてるよ」 「相変わらず無趣味なんですね……」 「ま、まだこれからだよ!今は充電中なだけ」 「充電期間って。俊文さん、充電しっぱなしだと爆発しちゃいますよ」 「爆発!?」  驚く俺に、咲也はあははと少し大きい声で笑った。 「はあー楽しい。さて、なら来週の日曜はいかがですか?三連休真ん中だから混んでるかもですけど……」 「全然いいよ。じゃあ十二時くらいはどう?」 「いいですよ。予約しておきますね」 「ありがとう、当日楽しみにしてる」 「僕も。楽しみましょうね」  二人で次のデート会議をしながら、アフォガードをちょこっとずつ嗜む。空になった頃、「じゃあそろそろ」といってお店の前で解散した。 (次のデート、ちょっとお洒落していこうかな)  なんて少しだらしない顔でにやけて帰宅し、冒頭に戻るのであった。  ********************* (どうしよう、と、とりあえずこういうときは!)  プルルルル、プルルルル……。 「はい、藤崎です」 「夜分にごめんね咲也くん……あ、山下です」 「ああ、俊文さん。ラインじゃなくて電話で来るの初めてだったから誰かと。登録しておきますね」 「ああ、ありがとう。……ってそうじゃなくて」 「どうしました?」 「あ、あのっ、そのね、」 「うん」 「あの……今度、お洒落なレストランに行くじゃんか。その……着ていく服がなくて……」 「え?でも別にドレスコードとかはない、で、すけど……」  藤崎は喋りながら、デートの時の彼の服装を思い出す。 (僕は好きだからいいけど、あの人そういえば休日のお父さんみたいな恰好だし、そのこと気にしてるのかなあ……)  咲也は電話越しに何となく彼の心情を想像しながら電話口で彼の言葉を待った。 「流石に、いつもの服だとあれだから……その、もしよかったらその前の土曜にコーディネートしてくれない……?」  心細そうに自分を頼る恋人の声に、思わず咲也は「わかりました!」とやや気合いの入った返事をし、待ち合わせ場所と時間を決めるとすぐに電話を切った。  翌日。俊文はお昼より少し早めに近くの駅に到着した。 (できるだけいつも通りの服装で来てくれ、って言われたけどこれでいいのかなあ)  そわそわしながら俊文は周りを見る。 「俊文さん」  自分の向かい側から、何やら全身柔らかな白い服装のかっこいい男性が声をかけてきた。 「……あ、このイケメン俺の恋人か」 「俊文さん?」 「ああ!ごめん!ちょっとぼーっとしてて!君は相変わらずお洒落だね……」  全くお洒落どころかあるものを着てきただけの自分と違って……と小さく呟き顔をしょんぼりさせ猫背になる俊文に対し、咲也は彼の背中をぐっと押して猫背を矯正した。 「うわっ!?なに!?」 「いいですか俊文さん、お洒落は姿勢から始まります。まずは猫背を直しながら一日を過ごしましょう」 「は、はひ……」  咲也はふふ、と笑い「では行きましょうか」と俊文の腕を引っ張っていった。  ********************* 「え、ここは?」 「そんなに高くなくて、カジュアルだけどしっかりした服がそろっているお店です。まずはここで似合いそうなものを見繕って、それに合わせてまた選びましょう」 「う、うん」 「まずは……俊文さん、お洒落関係なく好きなものを持ってきてもらえますか?」 「え、俺が好きなもの?」 「はい、好きなものを見て、似合うものと組み合わせましょう。お洒落が楽しくなる一番の方法は好きを知って、生かすことですよ」  頼もしい恋人の意見をもとに、とりあえず店の中をうろうろしてみる。 (好きなものか……前にも同じような感じで日傘とか選んだっけ)  懐かしいな、と思ってくすくす笑っていたら咲也が後ろから声をかけてきた。 「いいのありました?」 「え、あ、えっとごめんまだ!」 「ふふ、いいですよ。ただ俊文さん、また同じ色ですか?」 「え?」  俺が手に取ろうとしていたのは空色のオープンカラーシャツだった。 「俊文さんったら、僕のこと大好きですよね」 「い、いや!違う……ことは、ないけど……、そうなのかな……。そうかも……」  俊文が思わず照れて咲也を見つめる。意外な反応に二人して照れくさいような、むずがゆい雰囲気になり、互いに一度目を逸らした。目を逸らした俊文がもう一度横目で咲也を見る。金髪の前髪で彼の目元はあまり見えないが、照れているのはちらりと見える頬の赤みで十分だった。 「俺、これがいいかも……」 「え?」  咲也が思わず聞き返し、彼を見る。 「だから、その……これに似合う男になりたい……です」  少しだけ無言が続き、咲也が口を開いた。 「……分かりました。せっかくなのでセットアップとかにしてみます?」 「セットアップ?」 「パンツもそろってるやつで、合わせて着るとお洒落になりますよ」  そう喋りながら、咲也は俊文の持っているシャツとセットアップになっているパンツをさっと取り、それに合わせて白シャツとグレー、明るいベージュのパンツのをそれぞれ運んでくる。 「じゃあとりあえず、白シャツとベージュのパンツとセットで着てみてください。着替えたら声かけてくださいね」  さりげなく試着室まで移動させられていた俊文はぽかんとなったものの、はっとなり慌てて着替える。 「き、着替え終わったよ」  勇気を出してカーテンを開ける。すると、外で待っていた咲也は真剣な顔で俊文の全身を上から下まで見た。 「…………」 「へ、変かな」 「いえ。ちょっと失礼しますね」  咲也はそういうと、俊文がオープンカラーの空色シャツのボタンを全て閉じていたので全て外す。白シャツはシャツインされていたので外へ出した。 「え、え?」 「俊文さん、今はゆるっとしておけば大体お洒落です。なのでボタンは開けてシャツも出しましょう」 「え、うん……」 「いいと思います。スーツを買いに行ったときも思いましたが、青色が良く似合いますね」  咲也はそういうとにっこり微笑んだ。 「あ、ありがとう……えへへ」  そう微笑むと、目の前からパシャッという音がした。 「ん?」 「さあ、次はグレーのパンツです!終わったら教えてくださいね」 「あ、はい」  流されるまま、次のパンツに着替える。 「お待たせ。……これで合ってる?」 「合ってます。俊文さん、笑ってこっち見れます?」 「う、うん」  ぎこちなく笑うと、咲也がまたスマホを向けてパシャッと音を立てた。 「さっきからなんで撮ってるの?」 「あとで比較するためですよ。俊文さん、ちょっとこれ見てもらえますか?」 「うん?」  見ると、そこには二枚の俊文の写真が写っている。 「僕個人としてはどっちも好きですけど、俊文さんの好きな服装はどれが一番近いですか?」 「えええ~……。どっちも変わんないけど……」  ぎこちなく笑う自分を見て、俊文は情けなさそうな顔のおじさんが写っているとしか思えず、どんどん自信を失くしていく。 (若作りしてるように見えないかな……)  なんだかもやもやしながら「もうどの服でもいいや」と思い始めていると、咲也は俊文の顔をじっと見つめた。 「な、なに?」 「……いや」  彼はそういうと、スマホを覗いて顔が近くなっていた俊文の頬にキスをした。 「!?」  俊文がびっくりして思わず咲也を見る。 「ああ、すみません。可愛いなと思って」 「もう!急にはびっくりするだろ!」  小声で顔を真っ赤にして言い返すと、咲也はいたずらっ子のような顔をして笑った。 「……あの、さ。藤崎……くんはさ」 「はい?」 「俺なんかの……どこを好きになったの?その……俺ダサいし、君より年上なのに何にも知らないしさ。しかも、男だし……。俺より、もっと良い子いると思うのに……」 「俊文さん……」  俊文がそう言うと、咲也は口をきゅっとつむって、眉をひそめた。 「あ、はは。ごめん。なんか急に自信なくしちゃって。こういうの、良くないね。忘れて」  俊文はそう言うと「とりあえず、着替えてくるね」と言って試着室の中へ戻り、カーテンを閉める……が、閉められた一秒後にはカーテンが開けられ、中に咲也が入ってきた。 「うわっ!?」 「俊文さん」  咲也は俊文をそのまま試着室の鏡が背中につくまで追い詰めた。俊文の両肩を少しきつめに握り、真剣な眼差しを向けた。 「な、な……に?」 「僕は、結構ひどい男なんです」  落とすように、穏やかな声で語りかけるように喋る。そうして、今度は口元を俊文の耳元へ寄せる。 「あなたのその、隙だらけで思ったことをそのまま口にしてしまうような稚拙なところが、どうしようもなく愛おしい」  穏やかな声から一変して、甘ったるい声でゆっくりと囁いた。耳元から感じる吐息と低い声に俊文の背筋がびくっと伸びた。 「いたあ!?」 「俊文さん!?」  後頭部を思いっきり鏡にぶつける。俊文は思わず後頭部をさすりながらしゃがみこむ。咲也は「すみません!大丈夫ですか!?」と言いながら一緒にしゃがむ。 「び、びっくりしたあ……」 「すみません、急に変なことして……。こぶとかできてませんか?痛みますか?」 「いや、大丈夫……。それより、鏡、割れてない……?」 「え?あ、大丈夫です。割れてないです」 「よ、よかった……今それが一番心配だった……」 「…………」 「ご、ごめん。とりあえず着替えるからさ。いったん出てくれない?」 「す、すみません……」  顔を真っ赤にした俊文はそう言って恋人を追い出し、咲也も大人しくそれに従った。  ********************* 「俊文さん、結局セットアップではなくてグレーのパンツを買われてましたけど、それでよかったですか?」  紙袋を持つ俊文を見ながら咲也は尋ねる。 「うん……なんか、若作りしてないか心配になっちゃって……」 「俊文さんはまだ若いですけど……」 「いやいやいや!俺もう三十五だって。そんなに爽やかなの、似合わないよ」 「…………」 「選んでくれてありがとうね。明日楽しみだな」  にこにこと笑う俊文を見ながら、どことなく暗い笑顔で咲也は返事をする。 「……そうですね。しわにしないよう、ハンバーに掛けてから寝てくださいね」 「あはは、確かに。忘れないようにするね」 「ええ、ではまた明日」  翌日の予定もあるので、まだ日は落ちていない間に俊文と咲也は駅で解散した。人込みの中へ消えていく俊文を後ろからじっと眺める。彼の後ろ姿はまた猫背になっていた。 「……姿勢から、って言ったのに」  もやもやした気持ちを抱えて呟き、彼は駅から離れて行った。  *********************  日曜日。今回はバスで少し遠出するので、俊文と咲也はいつもの駅に早めに集まる予定だった。時刻は十時四十分。すでに待ち合わせからは十分経っていたが、俊文からの連絡はない。昨日の夜から連絡は途絶えていた。 (連絡がないなんて珍しい……)  咲也はスマホの画面を何度も見る。すでに連絡は入れているものの既読すらつかない。 「事故とかに遭ってないといいけど……」  待ち合わせに遅れることがあっても、連絡がないことはこれまでなかった。咲也はどんどん不安になっていく。一分、二分…気づけばもう十一時を回ろうとしていた。流石に不安をこらえきれなくなった咲也は電話をかけた。一、二、三……十コール目で彼は電話に出た。 「ごめん!!」  突然電話から叫ぶような声が耳を刺す。思わず咲也はスマホを耳から離した。 「俊文さん、今どこですか?」 「ごめん……!俺、今の今まで寝てたみたいで……!ああ、もう三十分も待ち合わせから過ぎてる!本当にごめん!」 「いえ……あの、事故に遭ってないのならよかった……。どれくらいで来れますか?」 「今から……えっと、三十分以内には着く!」 「わかりました。レストランには連絡しておくので、安全に来てくださいね」 「本当にごめん……。すぐに向かうね……!」  俊文はそう言って電話を切った。咲也ははあ、とため息を吐く。 (事故じゃないし、わざとでもない……仕方ない)  咲也はほっとしている反面、もやもやしながら虚無の三十分を待った。  ********************* 「ご、ごめっ……!げほっ!げほっ!」  到着した俊文は汗だくで、息も上がっていた。彼が姿を現したことにほっとした咲也は俊文に駆け寄って行く。 「俊文さん、走ってきたんですか?大丈夫ですか……?」 「だ、大丈夫……ごめん、大事な日に遅れてしまって……」  今にも泣きそうな顔で彼は謝罪を続ける。せき込む彼の背中をさすりながら、咲也は彼の服を見て固まった。 「俊文さん……。服、シワシワになってません?」 「あ……。これは、その……」  言いづらそうに目を逸らす彼に、咲也は思わずイラっとした睨んでしまう。が、時間も押しているのでその質問をこらえ、「とりあえずバス停まで向かいましょう。歩けますか?」と彼に言いながら歩いて行った。  バスの中、二人は無言だった。咲也が何か言いたげな雰囲気であることを感じて俊文は委縮して何も言えず、気まずい雰囲気のままバスは目的地へ到着した。バス停から少し歩くと、海が見える白い建物がポツンとある。ガラス張りになっているので、店内の様子は外からよく見えた。中は人で賑わっており、せわしなく店員が料理を運んでいた。入口には小さな立て看板があり、「本日のおすすめメニューは生ハムパスタ!」など黒板に書いてある。咲也が入口の扉を開けると、すぐに店員が寄ってくる。 「いらっしゃいませ」 「電話で予約していた藤崎です」 「藤崎様ですね!お待ちしておりました、こちらの席へどうぞ」  店員に案内されたのは、ガラステーブルに白いラタンの椅子が二つ向かいあっている屋根付きのテラス席だった。 「わあ……!」  俊文は思わず声を出して感動していた。雲一つない空と、水平線と山並、青い海と白い砂浜が一望して見える。 「こちらメニュー表になりますので、お決まりになりましたらお呼びください」  店員がお冷を置きながらにこやかにそう言って、店内へ戻っていった。 「藤崎君がこの席を用意してくれたの?すごい、めちゃくちゃ綺麗……。風も気持ちいいね」  嬉しそうにする俊文を見て、咲也は黙っていた口を開き、本日二度目のため息を吐いた。 「そんなに喜ばれたら、怒るに怒れないじゃないですか……」 「ご、ごめん……空気読まなくて……」 「……とりあえず、先に何か頼みましょうか。何がいいですか?」  少しあきれた顔で咲也はメニュー表を開き、俊文の方へ向けた。 「え、っと……。どうしようかな、どれも美味しそう……藤崎君は決めた?」 「僕は……どうしようかな。せっかくだから人気の生ハムパスタのセットにしようかな」 「き、決めるの早いね……」 「まあ、目的それでしたし」 「俺どうしようかな……あ、サーモンのパスタにしようかな」 「決まりました?」 「うん」  俊文が頷くと、咲也が店員を呼び注文を済ませる。店員が注文を繰り返し、メニュー表を下げる。二人きりになった途端、さあっと熱気を孕んだ風が二人の間を通った。 「藤崎君……。今日は遅刻して本当にごめんね」 「いえ……」 「怒ってるよね……?」  咲也は無言になる。俊文は咲也の様子を見て沈黙に耐えられず喋り続けた。 「あの……実は昨日一緒に買った服があんまり似合っている気がしなくて。俺が老けてるからかなとか考えだしたら居ても立っても居られなくて。色々着方を変えたり合わせる服を変えてみたりしたんだけど……そうしてるうちに正解が分からなくなって。君がせっかくお洒落なお店に誘ってくれたのに、俺がこんなんじゃ、君も恥をかいてしまうし……その、そしたら気が付いたら寝てしまっていて……」  長くだらだらと言い訳めいた説明をするも、返事がないことに段々自信がなくなっていき、最終的には「ごめんなさい」と小さく呟いた。 「俊文さん」 「……はい」  ようやく口を開いた咲也は、俊文の方を見ず海を眺めながら言った。 「正直、イライラしてました。なんでそんなに否定するんだろうって。カフェ一つ入るのも、服一着買うことも恐れる。あなたのその経験の無さから来る臆病で無知で、上辺だけで空回りしているところが……最初は嫌でした。でも、初めて入ったカフェで自分なりに考えている、挑戦する姿は情けなくて愛おしかった。愛おしく思ったから、してみたいことは何でもやってみて欲しかった。楽しいことは何でも教えたくなって、そのサポートもしたくなった。だからあなたに好きな服を選んでもらいました。でも、あなたはそれを似合わないと言って、年齢も理由にして自分を卑下した……。すごく、悲しかったです。僕自身も、否定されているようで」  俊文はドキッとした。彼の中にある優しさに気が付けないまま、口癖のように、何の気なしに自分を否定していた言葉は彼を傷つけていた。自分に向けた言葉が、他人を傷つけているなんて、想像力が足らなかったのだ。紡ぐ言葉が見つからないまま俊文は固まっている。咲也は続けた。 「俊文さんはどう思いますか?僕があなたから受け取ったものを『自分には似合わないよ』って言われてしまったら」  悲しそうな目で彼は俊文を見た。 「……ごめん。何も、何も考えが及ばなくて……」  俊文は、ただただ謝った。彼を悲しませたことを受け止めるしか、謝罪の方法が浮かばなかった。 「……俊文さん、約束してほしいんです。あなた自身を、どうか否定しないでください。ダメなことや失敗したことがあったとしても、それでもいっか。と受け止めて欲しいです。僕はあなたが失敗しても嫌いにはなりません。変わらず好きです。あなた自身を好きになった僕のことまで、否定しないで欲しいです」 「……うん、わかった。ごめんね、藤崎君。もう、自分を簡単に否定したりしないよ」 「……良かった」  二人の視線が交わる。 (……あ)  ふと、俊文はあることに気が付く。 「今日、藤崎君も空色のシャツ着てるんだね」 「……今ですか」 「わーーー!ごめん!あのっ、その、嬉しい!」  少し照れているような、恥ずかしそうな顔で咲也は唇を尖らせていると、店員がパスタのセットを運んできた。 「……食事も届きましたし、いただきましょうか」 「うん……!あ、その前にひとつお願いしてもいい?」 「なんですか?」 「その、一緒に……写真撮らない?せっかく綺麗な海に来てるし……」 「……めずらしっ」  咲也が真顔でびっくりしていると、俊文は照れながら頬をかいた。 「……俺、もうちょっと挑戦していきたいなって。君の言葉を聞いて思ったんだ。だから、その記念」 「……変なの」 「変かな!?」 「ああ、いや。嬉しかったから、つい意地張っちゃいました。僕も二人の写真欲しい。……俊文さん、内カメってわかりますか?」 「流石に覚えたよ!」  強気で返しながらもたつく俊文を、咲也は笑いながら見ていた。 「えっと……できた!撮るよ!」 「俊文さん、見切れているのでもう少しこっちに寄ってください」 「あ、こっちか」 「そうそう、僕がタップしますよ。片手で手一杯でしょう」  笑ってくださいー…そう言いながらスマホのシャッター画面を押そうとした瞬間、咲也の頬に柔らかい何かが当たった。  パシャッ。  スマホ画面の保存されたワイプの写真には、咲也の頬にキスする俊文とのツーショットが写っていた。 「えへへ……き、記念!」  ニコニコ照れくさそうに笑う俊文を見る。なんだか少しだけ泣きそうな気持ちになりながら、咲也は「可愛い」と呟き目を細めて笑った。
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