灼熱の陽射しの下で。

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灼熱の陽射しの下で。

 その日の最高気温は三十六度を超えていた。普段、そんな暑さの中、昼間に外出なんてしない。だけど今日はどうしても役所で手続きを取る必要があり、というかそのために俺も奥さんである先輩も有休をとったので、二人で溶けそうになりながらよろよろとアスファルトの道路を歩いていた。ちなみに夫婦なのだが、出会った学生時代と同じように俺は先輩を先輩と呼び、先輩は俺を田中君と呼び続けている。習慣を変えるのは難しいのだ。 おい、と帽子を被り、アームカバーを着けた先輩が俺をつつく。 「暑いぞ。死んでしまう」 「だったら腕を組まないで下さいよ」  先輩は二つ上の姉さん女房だが、とても甘えたがりなので外出時には必ず手を繋ぐか腕を組む。しかしどれだけ愛が深くても、この暑さに加えて他人の体温を感じさせられるのははっきり言って地獄だ。 「嫌だ。絶対に君を離さない」 「甘えん坊さんめ」 「だって離れたくないんだもんよ」 「でもこのままでは家に着く前に熱中症で共倒れになります。水は往路で飲み干しちゃったし、何故か自販機も見当たらないし」  撤去でもされたのか? 自販機を置けない程、治安が悪い街ではないはずなのだが。 「わかった。大通り沿いにもう少し行けばファミレスがある。ドリンクバーで回復しよう。だから腕は組んだままでいいね?」  汗みずくで訴えられて呆れを覚える。だから、の意味もわからない。しかし、離れたくない気持ちもわかる。一緒にいる時は可能な限り傍にいたい。わかりました、と溜息交じりに応じると、よし、と腕に力を込められた。暑いってば。  その時、ん、と先輩が首を傾げた。 「やっぱり暑すぎるから離れますか」 「それは無い」  即答された。嬉しいやら恥ずかしいやら暑苦しいやら。複雑な心境だ。 「小学校か。子供達は賑やかだねぇ」  傍らの塀を見上げる。どうもプールの授業中らしい。水音と嬌声が響いている。 「いいなぁ、プール。涼しいだろうなぁ」 「お、入りに行くかい? 市営プールなら夜の八時までやっているから、帰って支度をしてからでも十分間に合うぞ」  プール。先輩の水着。夫婦なので、当然もっと大胆な姿も目にしているが、それはそれとして水着はドキドキする。 「あ、君ってば今スケベな想像をしているな?」  げ、と思わず声が漏れた。 「何でわかったのですか」 「旦那の思考くらいお見通しなのだよ。えー、やらしい目で見られるならプールは行かなーい」 「夫婦にやらしいもへったくれも無いでしょう」 「あとは他の人に目移りしそうでムカつくから行きたくなくなった」 「俺は先輩一筋ですって」  他愛もないやり取りを交わしながら小学校のフェンス際、ギリギリを歩く。何故なら植えられている木の影に入っていたいから。たかが木陰と侮るなかれ、体感温度はかなり変わる。その時、先輩が不意に足を止めた。腕を組んでいるため引っ張られる。どうかしましたかと問い掛けながら視線を追う。  そこには高さが三メートルほどと思われる小山があった。全面が白い砂で覆われている。中は砂なのか、それとも土や粘土なのか。敷地の外れにあるそれの周りには植えられた木の他には何も無い。校舎からも離れている。五メートルほど向こうに花壇はあるけど、華はおろか草も生えていない。酷い暑さで枯れてしまったのか。それにしても。 「何でしょうね、この山。遊具、にしては場所が外れ過ぎます。でもやけに綺麗だし、誰かが丹精込めて作ったのかな?」  先輩は答えない。じっと小山を見詰めている。 「あぁ、でも小学生が作ったにしては大掛かりすぎますね。周りの砂を使った形跡も無いから別の場所から持って来たんでしょうけど、砂とか土を運ぶのってかなり大変ですし。この高さまで積み上げるのは絶対に大人の力が要ります。じゃあやっぱり遊具なのかなぁ。だったらもっと校庭の方へ作った方がいいと思うけどなぁ。こんなところに何故作った?」  考えをつらつら口にする。さて、と先輩は目を細めた。 「今日は水曜日か。三日後、土曜日の夜にもう一度来てみる? 当日も翌日も仕事が休みだから確認するのに丁度良い」 「確認? 何を?」 「この御山の存在する理由を」  あ、しまった。これ、オカルト案件だ。先輩は異様に霊感が強い。俺には見えないものを避けたり追い払ったりするのは日常茶飯事。こないだは買い物の帰り道、突然その場でジャンプをしたと思ったら空中で見えない何かに弾かれたように不自然に方向転換した挙句、背中から地面に叩きつけられていた。物理的に有り得ない動きをした先輩は、背中が痛いと泣いてしまったので俺がおぶって家へ帰った。道中、何があったのか問うたところ、猿を背負った猪が走り抜けた、猪は避けられたけど空中で猿に引っ叩かれた、と悔しそうに答えてくれた。その日は打ち付けた背中と叩かれた足に青あざができてしまったので、湿布を貼ってあげてから眠りに就いた。翌朝、先輩の痣は跡形もなく治っており自己治癒力が高いですねと褒めたところ、夢の中で怪我をさせてごめんと猿が謝って薬草を塗ったくってくれた、と欠伸交じりに教えてくれた。夢と現実はリンクするのか、とまた一つ俺は賢くなった。  閑話休題。そんな霊感の強い先輩が夜に此処へ来ようと言い出したということは、この小山で不思議な現象が起きるに違いない。 「いや、先輩。わざわざ夜間に出歩く程の興味を持っているわけではないのですが」 「ふふん、いいじゃないか。夏の夜にぴったりの体験が出来ると思うよ」 「あ、やっぱり心霊現象が起きるんだ!」 「さて、どうだろう。未来は誰にもわからない。ただ一つ、はっきりしているのはだね」  先輩が大きく息をついた。はい、と一つ頷く。大きな目が真っ直ぐ俺を見据えていた。 「このままではマジで熱中症になる。一刻も早くファミレスへ行こう」  そう言った先輩が組んだ腕を離し、両膝に手を付いた。あちぃよぉ、と絞り出している。 「だから離れた方がいいって勧めたでしょ」  返事は無く。よろよろと歩き出す先輩の後について歩いた。そりゃあ俺だって引っ付いていたいですよ。でも暑さには勝てません。
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