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深夜の小山。
土曜日の夜はあっという間にやって来た。十一時半に先輩と並んで外に出る。その日の最高気温は三十七度だったけど、夜の空気はやけに冷え込んでいた。空を見上げる。三日月よりも更に細い月が目に入った。
「涼しいですね」
手を繋いだ先輩にそう言うと、うん、と短く応じた。さて、うちから例の小学校までは歩いて約十五分。散歩にも丁度いいか。住宅街から一旦大通りへ出る。土曜の深夜、街は静まり返っていた。てっきり、飲み会帰りの人がちらほらいるかと思っていたのだが、誰の姿も見当たらない。ただ、時折遠くで叫ぶ声が聞こえた。楽しそうだから悲鳴ではないと思う。元気だねぇ、と先輩も呟いた。うん、やっぱり悲鳴じゃない。
「ところで田中君。君はどんな小学生だった?」
また唐突な質問だな。
「どんなって。別に、普通でしたよ」
「普通、とは? 人によって普通、一般的、ノーマルの定義はバラバラだ。具体的に教えてくれるかい」
う、確かに仰る通り。
「目立つのは嫌いでした。あと宿題も好きじゃなかった。家での行動を強制されるのが腹立たしかった」
先輩が吹き出す。君らしい、と笑ってくれた。
「逆に、読書は好きでした。図書室で借りた絵本を妹に読んであげたりもしたなぁ」
「優しいお兄ちゃんだね。ちなみにクラスメイトとの関係は良好だった?」
「良好かどうかはわかりませんが、悪目立ちはしていなかったはずです。仲の良い友達四、五人ずつでグループを形成するじゃないですか。その内の一つに所属して、休み時間や放課後は一緒に遊んだり、遠足や修学旅行で同じ班になって行動したりしていましたよ」
成程、と呟いた先輩が手を握り直す。
「先輩はどんな小学生だったのですか」
「霊感が強いせいで浮いていたよ」
あ、しまった。気付いて然るべきだった。
「すみません、デリカシーの無い物言いをしました」
「気にするな。特に小学校なんて色々な怪異が蔓延っているからさ。あいつは奇行が目立つっていじめられた」
手を握る力を強める。痛いがな、と明るくツッコまれた。
「先輩、ごめんなさい。辛い記憶をぶり返させて」
「辛くはないよ。私をいじめた連中は、肺炎になったり骨折をしたりとそれなりに痛い目に遭っていたから」
え。それって、まさか。
「先輩って怪異を操れたりするんでしたっけ」
幽霊や妖怪など、不思議なものを先輩は、怪異、一括りにして呼ぶ。その呼称は自然と俺にも浸透していた。
「うんにゃ、私にそんな力は無い。あくまで見たり感じたり触ったり出来るだけ」
だけ、という言葉の意味をこの人は知っているのか。
「じゃあ、どうして先輩をいじめた人は軒並みしっぺ返しを食らったのですか?」
「自業自得さ。善い行いをすれば善いことが、悪い行いをすれば悪いことが、己に返って来るのだよ。怪異をいじれば怪異がやり返す。私は何もしていない。ただ、自分がされて不快な行いを相手に対してやらないよう気を付けたかな」
「人として正しい在り方だ……! それが案外難しいんですよ、ついうっかりひどい言葉を掛けちゃったり、カッとなって小突いちゃったり」
「君、駄目人間だな。自制しろよ」
バッサリ切り捨てられた。咳払いを一つする。
「基本的には抑えていますよ。ただ、小学生の頃はちょこちょこ言い争いや取っ組み合いをしていました」
「そんじゃあ今日の君は危ないかもねぇ」
ふと気が付くと小学校が見えるところまでやって来ていた。真っ暗な校舎からは言い知れない圧を感じる。明かり一つ灯っていないのに、輪郭ははっきりと視認出来る。ライトアップをされているわけでもない。街全体が明るいわけでもない。それなのに、何故こんなにも認識出来るのか。違和感を覚えた。
先輩と手を繋いだままフェンス際を歩く。やがて例の小山を視界に捉えた。いいかい、と先輩が囁く。
「体のどの部分も、決して敷地の中へ入れてはいけないよ。例え指先、爪先、髪の毛の先であったとしても、決して、ね」
生唾を飲み込む。はい、と答える声は掠れた。緊張と恐怖が徐々に高まって来る。しかしそんな怖い思いをしてまで小山を確認する必要はどこにも無い。意地でも止めるべきだったかな。だけど先輩の意思はなるべく尊重したいからな。などとぐるぐる考えていると、先輩の手が離れた。一瞬焦ったものの、すぐに腕を組み直してくれた。安心が押し寄せる。
「御覧」
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