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01.結婚式直後の放置
愛されての結婚ではない。彼にとって私は都合のいい契約妻で、赤子の面倒を見させる乳母程度の感覚だろう。それでも妻となった以上、私なりに好きにさせてもらうわ。
結婚式直後、用は済んだとばかりに立ち去る夫を見送った。彼に別の女がいる心配はしない。そんな人がいたなら、結婚していたでしょうし。相手がいないから、貧乏伯爵家の娘を買い取ったんだもの。
大金で購入された都合のいい新妻が私よ。公爵家の面目があるから、伯爵家以上の家格が絶対条件だったとか。その上でお金に困っていて、年頃なのに婚約者のいない未婚令嬢が余っている貴族なんて……そうそうお目にかかれない。ある意味、レアな逸品よ。
「あの……奥様、旦那様はその」
気遣う執事は、父親より年上だった。可哀想に取り繕おうと必死だけど、私はヤワな小娘じゃないの。そこらのご令嬢みたいに「お父様に言いつけてやる」と泣くほど子供ではない。
「気遣いは嬉しいけれど、まずはお屋敷へ」
ここは式場で、王都の中央教会だ。司祭様に祝福された直後に、夫が紛失……げふん、逃走? いえ、出奔……違うわね。とにかくいなくなった状況に、教会側も困惑していた。
そもそも公爵家の結婚式とは思えないほど、参列者も少ない。理由は簡単で、旦那様が呼ばなかったから。まあ旦那様は再婚だから、今さら結婚式に興味はないんでしょうけど。憤慨する家族を宥めて帰し、私は見送りの司祭様に一礼した。
「司祭様、教会の皆様。主神様のご加護が多く注ぎますように」
定番の挨拶を残し、優雅に婚礼衣装で馬車に乗り込む。馬車を残してくれたのは、温情かしら? 結婚式場に取り残された妻への、最低限の礼儀として受け取りましょう。
本来、向かい合って腰掛けるのは、一般的に旦那様。けれど、今は執事が青ざめた様子で足元の床に座っている。
「疲れてしまいますわ。腰かけてください」
「ですが」
「座りなさい」
命令ならば逆らえないでしょう。主君の暴挙を詫びようとする精神は見事だけれど、あなたが謝っても私には関係ないのよ。冷たいようだけれど、これが事実だった。
買われた以上、粗雑な扱いでも仕方ない。支払われた多額の支度金で、実家は借金も返して蓄えもできた。それ以上、私が望むことはないわ。結婚に際して交わした契約書には、大きく三つの条項が記されていた。
どちらかが死ぬまで解消や離婚は応じない。跡取りはすでにいるので、閨は共にしない。公爵夫人として最低限の社交と、生活の保証を行う。
これ以上に望むことはないの。だって、公爵夫人としての生活水準が、貧乏伯爵令嬢より下ってことはないはず。ちゃんと衣食住が満たされ、愛してもいない男と閨を共にせずに老後も保証される。ある意味、最高の職場じゃないの。
私は意気揚々と、公爵家に乗り込んだ。知ってるわ。こういうシチュエーションなら、まず使用人に見下されるのよね。ふふん、貧乏令嬢と舐めてかかってきたところを、ひっくり返してやるんだから!
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