いつか過ぎ行くこのひとときに

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 登山口の駐車場から一時間ばかり山道を歩いた。  特に山奥ということもない。しっかりと整備された道だ。  午前七時。  傾いたおにぎりのような形の、高さ10メートルはないくらいの岩が行く手に現れた。  娘は時間をかけてスマホの画面と岩を見比べていた。  トポ。  登り方を示す地図のようなものを確認しているのだという。  二十分が過ぎた。  私は声をかけず、離れた場所から娘の背中を見ていた。  細い、小さな背中だ。  十分に食べさせているはずだが、発育がいいとは言えない。女子高生というよりももっと幼い感じだ。  うん、いける。  娘はちいさくつぶやいて、大きな四角いクッションのようなものを岩の下に据えた。何度か岩の上を見ながら、位置を調整した。  私のほうを一度も振り返らないまま、登攀を始めた。    
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