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娘が落ちた。
高さ三メートルほどのところからだ。
クラッシュパッドがたわみ、その衝撃を吸収する。
娘はすぐに起き上がり、筋肉の緊張をほぐすように前腕をぶんっと振る。
また登りはじめた。
序盤の動きにはもう慣れたようだ。するすると移動していく。
三メートルほどのところで、また停滞する。そこから右に移動したいようだ。
左手で岩の突起をつかみ、様々態勢で右に手を伸ばすが、その先の掴むべきものに手がとどかない。
脚を振り子のように動かし、重心を変える。
ずっと腕が遠くまで伸びる。だがまだ届かない。
一手下がる。左の突起に飛びつき、そのままの勢いで岩を蹴って右へ跳ぶ。
とどかない。
また落ちる。
娘は何度もやり方を変え、そして何度も落ちた。
二十分ほど繰り返して、ようやく娘は止まった。クラッシュパッドに横たわって空を見上げている。初秋の朝は肌寒いほどなのに、娘は汗まみれだ。
その顔が楽しそうに微笑んでいることに私は意表を突かれた。
私のほうを見て、娘は言った。
「私の身体だと、リーチが足りないんだ。だから難しい」
「どうするんだ」
「やり方を変える。私なりのルートを創る」
強い。
そう思った。
人間として、私は彼女にかなわないのではないか。
そんなことさえ思った。
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