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美緒の急ぐ足音が響いている。新しくおろしたばかりのヒールの靴はまだ慣れていないせいか、少し小指らへんが痛んでいる。だが、それも無視したまま美緒は足早に進んでいく。
たどり着いたのは小さな洋食屋だった。腕時計を覗き込み、約束の時間より十分ほど遅れてしまったことを悔やむ。午後になって、上司から無理な仕事を頼まれたせいだ。
一度ため息をつくが、すぐに気を持ち直す。乱れた髪を素早く整えると、店の中へ入って行った。
小ぢんまりとした店内の一番奥に、見覚えのある顔を見つけ駆けつける。
「ごめんね、遅くなっちゃった」
謝り、すぐに彼の正面に腰かけた。
相手は滝沢健司、美緒と同い年の二十九歳。付き合って一年経つ交際相手だった。
部署は違うものの、入社が同じだった滝沢と、初めは顔見知り程度だった。社内に親しい友達もいない美緒に話しかけてきたのは向こうだった。ある日食事に誘われ、何度か繰り返した後、向こうから告白。美緒は受け入れて今に至る。
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