コンバラリア

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「どっちか、選べない……二人とも、同じくらい、好き」 気付きたくなくて、見ないふりをしていた本音にも、いつか限界が訪れる。どちらか一方を選ぶことなど、鈴珠には出来ない。出来ないからこそ、恋愛ではなく、腐れ縁として関係を保つ方を選んできた。 無意識に、三人でいられる道をとってきた。 いつまでも、三人一組で認識される関係性を望んでいた。 それなのに、どういうわけか。当の本人たちは鈴珠の告白を聞いて、少年のように瞳をキラキラと輝かせている。 「聞いたか、利津?」 「うん、聞いた」 「なんで、二人ともそんなに嬉しそうなの?」 「ばーか。お前が全然応えてくれねぇから、こっちは色々こじらせてんだわ」 「そうだよ。本当に、周りが心配を通り越して協力体制に入るくらい、鈴珠ちゃんが鈍すぎて。どれほど悩んだか。圭斗と殴りあったりしてさ」 「中学んときの話だろ。利津も諦めねぇし、しつけーし」 「圭斗もね。まあ、そんな過程を俺たちは色々経てきたわけ」 「で、結果。鈴珠にどっちか選ばせてたら、いつになるかわかんねぇから。二人同時に付き合えばいいんじゃねーかって、な?」 圭斗の視線を追ってみれば、そこでうなずいているのは利津に決まっている。まだ混乱に埋もれている鈴珠だけが、現状を飲み込めずに黙っていた。 「え、じゃあ、私、どっちか選ばなくていいの?」 「だから、そう言ってんだろ」 「圭斗も、利津も、二人とも彼氏なの?」 「彼氏で終わるつもりはないけどね」 笑う利津の息も、髪をすくう指先も、優しくて、勝手に目が追いかけていく。 そのまま目を閉じた先で、利津の唇が重なると同時に、圭斗がロウソクの火を消したのがわかった。 * * * * * * 今まで、それこそ二十五年間も、二人の間で無邪気に笑っていられた自分が憎いと思えるほど、鈴珠は緊張していた。 まず、息の仕方がわからない。 手をどこに置けばいいかもわからない。 服は脱ぐべきなのか、別の行動を起こすべきなのか。それにしては、ふぬけて、力の入らなくなった身体が、先ほどから敏感に二人の愛撫に応えようと悶えている。 「やっ……そ、ダメッきたな、ぁ」 いつのまに服は脱げたのだろう。 目の前で沈んでいく頭を止める前に、腕から抜けていく下着をつかむ方が先なのだろうか。 「り、つ……ッぅ」 暗い室内で、よく二人は自由に動けるなと変に冷静な脳が考える。リビングの固い床から、気付けば利津の匂いがする寝室に移動しているし、何なら裸で、足をたてたそこに利津の顔が埋まっている。 初めてのキスは利津と。その事実を沸騰させるくらいには、吐息の感触がくすぐったい。 腰を抱え込むように密着した唇は、数分前は唇に重なっていたはずなのに、割れ目をこじあける舌の感触は、同じくらい意識を途切れさせてくる。 「鈴珠は、こっち、な」 「けい…ッ…と」 まるで背もたれ。それでも、濃厚なキスを求めてくる背もたれは知らない。 どこまで力を抜いていいかわからず、キスに応えるだけで精一杯の状態で、混乱と焦燥と不安が入り交じる鈴珠とは違い、むさぼるように堪能する圭斗と利津は未来を知っている。 どうすればいいか、どうしたいのか。彼らの手は、指を絡ませ、肌をすべり、肉をあさり、目当ての実を探り当て、そして同時にきつく吸い付いた。 「ふぁ…っ……ンッ……ぁ」 これ以上は意味がわからない。 自分じゃない何かに乗っ取られた感覚に支配される鈴珠の恐怖を知っていながら、それでも二人の行為は止まらない。 せめてもの償いに、優しい言葉を掛け、ゆっくりと時間をかけ、実が熟して、こぼれ落ちるのを待つ。 声が甘さを増し、わずかばかりの硬直に混乱を極めた鈴珠の「やだ」を合図に、圭斗と利津は震える乙女の快楽を舐めとった。 「アッあぁゃッ…圭斗…ンッぁ…ま、それ……利津……な、に…変……ダメ、やだ…ッ…圭斗、利津」 助けを求めてさまよった手は、それぞれギュッと握りしめられて、鈴珠の懇願を無視している。普段とは違う声で名前を呼ばれ、素直な反応を奪える興奮で、満たされているせいかもしれない。 「鈴珠ちゃん、上手にいけたね」 「……ッ…い?」 目が確かであれば、女の股に顔を埋める利津が喋っている。その形の良い唇から赤い舌を覗かせて、堪能していた果実の蜜に濡れている。 「マジで可愛い。鈴珠、好きだ」 「ンッぁ……はぁ…っ…ん」 背もたれの役を担っていた圭斗は、器用にキスをしながらその場から離れていく。おかげで、ベッドの上にころんと寝転んだ鈴珠は、うまく力の入らない身体を不思議に思いながら、なぜか今頃服を脱ぎ始めた二人をじっと眺めていた。 ふたりの裸を見るのは、正直、初めてではない。 プールも海も家族での温泉旅行はもちろん、お風呂も一緒に入ったことがある。だけどそこに「男」はなかった。顔に似つかわしくない筋を浮き上がらせたそれらは、鈴珠が息をのむのを見て、さらに大きくなったように感じる。 「鈴珠、力、抜いとけ」 「え、うん。わか…ッ待っ……けい、と」 突然足を折り曲げられ、体重をのせてきた圭斗の言葉にうなずいた刹那、鈴珠は前言撤回に顔を歪める。 「鈴珠ちゃん。唇は噛んだらダメだよ」 「だっ、て……圭斗の大きい、はいん……な……アッ」 「鈴珠、煽んな」 「煽って……な…ッ~~イッぁ、圭斗…ッ…利津…ぃッ」 呼吸が止まる。 知らずと侵入を拒む身体が、圭斗と利津に爪を立てる。当の二人は興奮が勝るのか、足を抑えた先にある、その結合部分に意識を集中させている。 「……鈴珠、力、抜け」 「そんな…ッ…言われて、も……圭斗……苦し……ッひぁ……利津」 重なるだけのキスから徐々に舌を絡ませて、意識が分散されていく。依然、緊張に支配された身体も、胸を揉まれ、果芯を摘まれ、ぷつりと力が抜ける瞬間が訪れる。 「……ァ………は、いったぁ」 連結が功を奏して、圭斗の腰が鈴珠の恥骨にたどり着いた。その証拠に、微弱な痛みが足の間にある。互いに汗を浮かべて、人生にたった一度きりの仕事を終えた余韻に浸っていた。 「鈴珠ちゃん、頑張ったね。可愛い」 「利津…っ…ンッ……ぁ」 圭斗を埋めて、利津と唇を重ねる。くちゅくちゅと愛らしくほぐれる音が響く口内の心地よさに、身をゆだねるしかない。 処女喪失のご褒美に、甘いキスは必要だと言わんばかりに、鈴珠は利津のキスに応じていた。 「……ッん、ふぁ…り…ちゅ……」 「大丈夫だよ」 「けい、と……ァッ…あ……ッ、アァ」 ご褒美なら、これからが本番だと告げる圭斗の瞳とかち合う。 その瞬間、鈴珠の瞳から涙がこぼれ落ちた。 「圭斗……ッ……好きぃ」 「ッ、お前……なあ」 「好き…ぁ…圭斗…ッ…けい、と……ァッひ…ァ…好き……り、つ……利津」 そこからは幸せの連続だった。 飽くことなく、二十五年の積年を埋めるように、代わる代わる鈴珠は圭斗と利津の匂いに埋もれる。濃密な肌の色に染まって、緩急に悶える水滴を撒き散らして、とめどなく溢れる思いのままに、貪欲に求めてイクだけ。 「アァッ……ぁ……イッぁ、ぅ……んっ」 誰にも触れられたことのない内壁を削られ、与えられる快楽の刺激に懸命に追い付こうと奮闘する姿を本音で言えば見られたくない。 今まで、健全の一言で繋がっていた関係が崩れたその先に、何があるのかを知るのは怖い。 それでも、あまりにも必死に求めてくる圭斗の動きに鈴珠は喜びを感じ、もっと応えてあげたいという想いに駆られる。 「鈴珠…ッ…鈴珠…ッ…」 何度も名前を呼ばれて、前後するその腰の痛みに引きずられて、鈴珠は自分の中で果てる男の息を感じていた。 果てる直前、きつく抱きしめてきた圭斗で視界が埋まっている。匂いも感覚も一緒に溶けてしまえるのではないかと思えるほど、人肌が吸いついて、離れるのを惜しんでいる。とはいえ、その余韻に浸ってばかりもいられない。 「鈴珠ちゃん」 静かな声に、続投を告げられて、鈴珠は微睡む意識を奮い立たせる。 望んだのは自分であり、選んだのも自分なのだから、一人で終わる結果は有り得ない。二人が受け入れてくれた以上、二人を受け入れる必要があるのだと、文字通り、鈴珠はその身で体感する羽目になる。 「……っ、…ンッぁ」 ずるりと腰を引き抜いた圭斗に入れ替わり、そこにあてがわれたものに鈴珠は息を潜める。一度目より二度目のほうが、感触を知っている分、余裕がある。 それでも、あれほどのものが自分の中に入ってくるとは到底思えず、やはり鈴珠はどこか不安そうに利津をじっと見上げていた。 「り……ン、にゃぁ!?」 慈悲も何もない。呼吸を合わせてくれた圭斗と違って、強制的に押し入ってきた利津に、鈴珠の身体はのけぞる。 「うわ……鈴珠ちゃんのナカ、あったかい」 「……利津の…ッ…バカ……」 「まだ、痛む?」 真上から意地悪く問われた内容が、わずかに揺れ始めた腰にならって赤く染まる。 「痛いだけじゃなさそう」 そういって笑う顔が、細いだけじゃない筋肉質な身体に揺られて鈴珠に体重を乗せてくる。埋まる利津にはわかっているのだろう。呼吸を整えた圭斗にも伝わっているに違いない。 「すっげぇ、音。鈴珠、エロい」 直接言葉にしなくてもいいのに、耳元で告げてきた圭斗のせいで見ないふりも出来ない。聞こえないふりもさせてくれない。 「鈴珠ちゃん……声、我慢しないで」 「唇噛むなって、利津にも言われただろ?」 「ぁ……ンッぁ……いっ、ぅ…アァ」 二人に従い、鈴珠は快楽をその身に受け入れていく。 吐く息が熱く、下半身が痺れて、敏感に跳ねる空気が痛い。奥の奥から電流のような刺激がほとばしって、制御の効かない何かが押し寄せてくる。 「ヤ、ぁ……利津…り、つ……ッそ、れ」 それはいやだ、そこはいやだ。しきりにそう訴え始めた鈴珠の様子に、逃げ場を求めて視線を泳がせ始めた鈴珠の行為に、笑った風がひとつではなかったことが彼らの執着を物語る。 互いに視線を絡ませて、暗黙の未来を承諾した息達は、鈴珠の懇願に蓋をした。 「~~~~~~ッ、ぁ……やだぁ…ァッ…く、ヒッ」 わかりやすく訪れた絶頂に驚いて、羞恥と混乱に涙するその声を享受する。 声にならない息を繰り返し、「圭斗」「利津」だけを繰り返す甘い匂いに、求める行為を止めろという方が愚かな話。 「鈴珠」 「鈴珠ちゃん」 前も後ろも上も下も。初めてを一晩で奪い去られる感覚に溺れ、惑い、甘え、芽吹いた蕾は美しく花開いていく。二人もそれを喜び、拍車を掛けて埋もれてくる。 二十五年間、呼ばれてきた以上に、自分の名前を聞いたと全員が思う。 翌朝になれば、いや、世間で言うゴールデンウィークとやらが明けた頃になってようやく、男たちは「無茶をさせた」と反省し、謝るのかもしれない。 それでも今は、欲望に従ってもつれ合い、穢れを知らない肌に赤い印を刻みつける。 あるべき姿がそうなのだと告げるように、連なる三人は、いつか見たあの花と同じ、一列に並んで同じ時間を共有していた。 「それじゃあ、私からロウソク吹き消すね」 「いいぜ、鈴珠の願い事からな」 「鈴珠ちゃん、今年もまた同じ?」 「別にいいでしょ。来年も三人で過ごせますようにって、それが私の一番のプレゼントだもん」 吹く風に揺られ、垂らした花弁の蜜で互いを濡らし、やがて毒の感覚に狂おうとも、幸福であればそれでいい。 五月を飾る鈴蘭のように。 連なる花弁は、君影を恋う。 《完》
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