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朝は川上さんのために開けている。川上さんはこの時間じゃないと駄目なのを私は分かっているから。
川上さんが居なくなると、私は自分の朝食用にパンを焼き珈琲を淹れる。そして、外のテラス席で周りの山々を見ながら食べるのが私のお気に入り。パンも勿論美味しいけれど、この景色の中で食べることで何十何百倍にも美味しく思える。
「あー美味しかった。今日のパンも珈琲も上出来だったわね。」
私は笑みを溢しながら食器を片付けた。
それからしばらくすると、大きなリュックを背負った人たちが何人もこのカフェの前を通り過ぎていく。私は窓からその人たちを見つめて午前中を過ごすのが日課となっている。
カフェには入って来ないけど、私はその人たちが無事に家まで帰れることを心から願っている。
「…えーん…えーん…えーん…」
「…誰かが泣いている?」
私は女の子が泣いている声が聞こえて、カフェの外に出た。辺りを見回すとカフェのウッドデッキの下でワンピース姿の女の子が座って泣いていた。私は上から覗き込むように声を掛けた。
「あなた、どうしたの?」
女の子は上を向いた。私に話し掛けられてびっくりしたようで、涙は止まっていた。
「なんで泣いてるの?」
「…迷子になっちゃったの。」
「お母さんとかは?」
「いないの。私はもう1人なの。」
「中においで。カレー食べない?」
女の子はお腹が空いていたのか、すっかり笑顔に変わり、ウッドデッキに飛び乗るとそのまま駆け足でカフェの中に入っていった。
「フフフ、子どもはすばしっこいなぁ。」
私はキッチンに戻ると、まずはカウンターに座る女の子にオレンジジュースを出した。
「ありがとう。」
「あなた、お名前は?」
「芽衣ちゃん。」
「可愛いお名前ね。このカレーは辛くないから安心して食べてね。」
私はカレーをお皿によそると子ども用のスプーンと一緒にカウンターに置いた。
「熱いからフーフーして食べてね。」
「うん、いただきます。」
芽衣ちゃんは必死な顔でフーフーしていて、私はその顔の可愛さに微笑みが止まなかった。
「美味しい?」
「うん!とっても美味しいよ。あ、でも芽衣ちゃんお金ない…。」
「いいのよ。きっと芽衣ちゃんはこれからこの山で大きくなっていくもの。お金は大きくなってからでいいのよ。」
芽衣ちゃんはあっという間に食べ終わると、お行儀よく「ご馳走さま!」と手を合わせた。
「お腹いっぱいになった?」
私の質問に、芽衣ちゃんは満面の笑みで頷いた。
「じゃあ、芽衣ちゃんのお家に行こうか。」
「お姉ちゃん、芽衣ちゃんの家分かるの?」
「多分ね。新しい場所はあそこかなって思う場所あるから。」
私はお皿やコップを流しに置いて水に漬けるとエプロンを外してキッチンから出た。
キョトンした表情がまた可愛い芽衣ちゃんの小さな手を握り、私は芽衣ちゃんの家まで一緒に山を下った。
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