3.奥の手とは、最後に出すから意味がある。

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「……っ」 「ああ、いい眺めですわねぇ」  ギリギリと締まる首に息が苦しくなるグレイ。 「命を刈る時は相手が苦しまないよう慈悲深くを信条としておりますが、やはり悶え苦しむ表情もたまりませんわぁ」  そろそろお別れですね、と微笑んだパトリシアは、 「さようなら、背信の神父さま」  そう言った瞬間、グレイがニヤリと笑う。  それは死を前にした人間の反応ではない。  直感的に手を離し後ずさったパトリシアに、 「気づくのが遅ぇよ」  グレイがそう言った瞬間、部屋に炎が上がった。 「なっ!!」 「知ってるか? アルコールってのはよく燃えるんだぜ」  グレイが乱射し部屋中に撒いたのは、黒魔術の儀式を鑑賞していただろう観客の酒瓶。  そして、先程火のついたマッチを一本落としておいた。  小さな火種は引火し、あっという間に勢いを増して部屋中に燃え広がる。 「この程度の火など」 「アンタは平気だろうな。だが、自分で言っていただろう。人間の肉体は脆い(・・・・・・・・)、って」  そしてその火はパトリシアの服に燃え移った。先程の攻防でタップリとアルコールのかかったドレスに。 「あ、ああ!! なんてことを」  グレイの狙いに気づいたパトリシアは苦しげな声を上げる。だが、無情にもドレスごとその肉体は炎に包まれていく。 「肉体を失えば、お前はこちら側には留まれない」  肉の焼ける臭いを嗅ぎながらそう言ったグレイは建物全体に炎が回った事を確認し、 「終わりだ」  とパトリシアに終焉を告げた。 「……本当によろしいのですか?」  パトリシアは歩き出したグレイの背中にそう問うた。  負け惜しみのようなセリフだが、そこに追い詰められた感じはない。 「パトリシアを殺したのは、私ではございません」  このままではあなたは後悔するでしょう。  その言葉に振り返れば、ニヤリと口角を上げたパトリシアが胸元を寛げていた。  グレイの目に映ったのは抉られたような大きな傷。 「……それは」  パトリシアに近づいたグレイは彼女の服を一気に引きちぎり、胸の中心に躊躇いなく手を突っ込んだ。 「ない、な」  身体にぽっかりとできた空間。そこには在るべき臓器が存在しなかった。 「確かに私はパトリシアの魂と契約しました。ですが、その時にはもうすでに肉体から魂は切り離された後、でしたの」  つまり、パトリシアと契約しその肉体を譲り受けた彼女が手にしていないパーツがある。  そしてそれがここにはないという事は持ち去った人物がいる、ということ。 「事件の情報。必要なのではないですか?」  グレイが受けた依頼は組織の殲滅。ここで糸が切れたなら、その人物を追いかけることは限りなく難しい。  そんな状況を把握した上で交渉を持ちかけてきたパトリシア。その目はどこまでも余裕そうで、今すぐ口を割らせられる可能性は限りなく低い。 「……ッチ」  様々な事情を考慮し、天秤にかけた結果。  耐火性の上着でパトリシアの火を消したグレイはこの悪魔を拠点に連行することにした。
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