一章 雪の中の再会

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私に残されていた、たったひとつの宝物。それすらも、もう持つことは許されなかったのだ。 安心できる居場所も手放さざるを得ないのだと理解したとき、言い知れぬ不安と恐怖に襲われ、目の前が真っ暗になったのに……。不思議と、涙は出なかった。 人は絶望しすぎると泣くことすらできないのだと、そのとき初めて知った。 『わかりました』としか言えなかった。 それでも、働かない思考でどうにか唇を動かした。 『最後に一度だけ旺志さんに会わせてください。そうすれば、私は黙って彼の前から消えます』と……。 手切れ金は受け取らなかった。というよりも、受け取れなかった。 それをもらってしまえば、旺志さんとの思い出が消えてしまいそうで。彼との時間が、偽りになってしまいそうで。 『私は、私の意志で旺志さんとの別れを選んだんです。だから、このお金は受け取れません』 この期に及んで捻り出した言葉は、きっと愚かだと思われただろう。 ただ、旺志さんへの想いだけは守り抜きたかった。 彼に与えてもらったたくさんの愛情や幸せを、誰にも汚されたくなかった。 おぞましいほどの借金地獄に陥ると知っていても、お金と引き換えに旺志さんとの未来を手放したのだと、彼だけには思われたくなかったのだ。
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