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泣きたくなるほど嬉しくて、幸せだった記憶ばかりが鮮明に蘇ってくる。
私だってたくさん覚えている、と伝えたくて仕方がない。
「旺志さんらしいね。でも、私はもう忘れたことが多いと思う。私にとって、旺志さんとのことは過去だから」
それでも、私は揺れてはいけない。
神室を背負っている旺志さんの重荷にならないように……と離れたあの日、もう二度と彼に会えなくなる覚悟を決めた。
詐欺まがいの投資事業に失敗した兄の借金を抱えている私では、旺志さんとはあまりにも釣り合わない。
彼の名誉や将来を傷つけないためにも、あのときこの恋を捨てたのだから。
「だったら、どうしてそんなに泣きそうな顔をするんだ」
眉を寄せた旺志さんが近づいてきたかと思うと、私の視界が黒で覆われた。
それが彼の着ているコートの色だと気づいたとき、私は力強い腕の中に閉じ込めれていた。
あの夜以来の感覚と香り。
懐かしいそれらが、私の心を戦慄かせる。
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