9.森の種族

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9.森の種族

「それよりも、仲間のことを聞かせてくれ。そんなに大勢いるのか」 「ああ、いるぞ。俺は黒熊族の頭領だが、他に灰熊族、茶熊族、黄熊族……」 「熊ばかりだな」 「猿族や犬族、猫族、水獣族もいる。それぞれさらに細かい種族や群に分かれている。言葉が通じる奴は多いが、通じないのもいる。  言葉は通じても、話が通じないやっかいな奴とかもな」 「へえー」 「お前のことだ」 「なんだって?」 「言っただろう、森で好き勝手に暴れ回ってる龍がいるというので、俺様が退治しに来たんだ。  見た目は言葉が理解できる種族の感じだけど、問答無用で襲いかかってくるので手が付けられないって、もっぱらの評判だぞ」 「そうだったのか。それは悪いことをした……のかな」 「まあいい、話が通じるのが分かれば充分だ。で、今後は俺たちの仲間ってことでいいんだよな」 「ああ、よろしく頼む」 「よし、じゃあ」  ドノドンは、そう言って立ち上がる。 「まずは腹ごしらえだ」 「うん?」 「ちょっとそこで待ってろ」  そのまま森の奥へと消えたドノドンは、しばらくして両手一杯に何かを抱えて戻ってきた。 「さあ、このあたりで採れる木の実だ。たくさんあるぞ」  地面に山と積み上げられたのは、よく分からないが木の瘤のような小さな粒と、鮮やかな色合いの塊だ。こちらは小さな粒から大きなものまで、形状もさまざまだが。  いったいこれをどうしろと言うのか。 「どうした、さあ食え」 「えっ、これを喰らうのか?」  森に入ったばかりの頃は、触れたものはとりあえず口に入れていたが、それは初めて目にする物の正体を確認するためにやっていただけで、草や木が食に適さないと分かってからはしていない。  たしかにドノドンが持って来たものは、木の枝や草の葉そのものではないようだが、形状が違うだけでその一部には違いないだろう。  獣で言うなら、胴体と手足ほどの差でしかない。  こんなものが食えるとは、とても思えなかった。 「お前は、いつもこれを喰らっているのか?」 「そうさ、俺は肉は食わないからな。遠慮せず食え、うまいぞ」 「これは、木ではないのか?」 「木の実だと言っただろう。草の実もあるが、要するに木や草のゴウラの塊だ。植物はこれを生むために、枝葉を伸ばし花を咲かせるんだ」 「ゴウラだって?」  ドノドンは木の色をした粒の山をすくうと、口の中に放り込んだ。  案の定、バリバリと木を砕く音が耳に届く。ヴィーラグアは顔をしかめながら一粒だけ手に取って、口に入れてみた。  噛み砕くと、思いのほか軽い力で殻が割れた。  なるほど、固そうに見えたのは表面だけで、内部には枝葉とは違う、肉とまではいかぬものの多少の弾力を孕んだ塊が潜んでいた。  しかも、確かな旨味が感じられる。  ヴィーラグアは口の中の感触を確かめながら、ゴウラの気配を探ろうとした。だがやはり、そんなものは微塵も感じない。  でも、こんな小さな粒では虫一匹にも及ばないのは当然か。 「もう一つ喰らってもいいか」 「おお、遠慮するな。こっちも食え」  差し出されたのは、花のような色あいの、手のひらに乗るほどの大きさの丸い実だ。  先ほどのものとは違って手触りも柔らかく、色だけでなく花に似た香りも漂わせてくる。 「ふむ」  大きいとは言っても、口に入らないほどではない。丸のまま放り込んで噛み潰すと、えも言われぬ芳香と滋味を含んだ汁が、口の中一杯にあふれ出た。  汁気たっぷりの果肉を飲み下し、驚いた顔で振り向くと、ドノドンはニヤリと笑った。 「どうだ、うまいだろう」  うまい……そうか、これがうまいという感覚か。 「ああ、うまいな」  その答えにドノドンは満足げにうなずくが、だがやはり彼が言うほどにはゴウラの気配は感じない。  物足りなさを憶えずにはいられなかった。 「もっとないのか」 「もっと? ああ、龍の胃袋には足りないだろうな。けど心配するな、森の中にはいくらでもあるから、歩きながら教えてやるよ。  どんな木にどんな実がなるとか、食える実と食えない実の見分け方とかな」 「食えない実もあるのか」       ―――※―――※―――※―――  それからドノドンは、森の中を進みながら、目についた植物や鳥などの種類、見分け方などについて教えてくれた。  ヴィーラグアとしては、本当はそんなものよりも対話のできる獣の方が興味はあるのだが、肝心の獣たちは彼を恐れて姿を現わさないらしい。  饒舌に語るドノドンに相槌を打ちながら、意識を広げ周囲を探索すると、そこかしこからこちらを窺う気配が感じられる。  次第に数が増してくる。  が、そこに漂うのは、やはり怯えの感情だ。話し合うのは容易ではないようだ。  それからどれくらい歩いただろうか。  唐突に森が途切れると、目の前に広大な空間が現れた。  草原? (いや、地面ではなくて)  陽の光を反射してキラキラと輝いている。それは、これまで眼にしたことのない広大な水の平面だった。 「なんだこれは、全部水なのか」 「へへ、どうだすごいだろう。こんな大きな湖はそう滅多にないぞ」 「湖……。そうか、これが湖か」 「さてっ、と」  湖という単語は、母との対話の中にあった。たしかに大きな水溜まりと言っていたのを憶えている。  だがまさか、ここまで大きなものだとは。  呆然と水面を見つめるヴィーラグアをよそに、ドノドンは湖畔に広がる砂地に進み出ると、大きく息を吸い声を放った。 「ウオーオーグルルオーホオーオー! オオーホオーオー!」  炎の河の地鳴りにも似た、身が震えるような唸り声が響きわたると同時に、周囲に隠れ潜む意識の群れの間に、さざ波のような揺らぎが広がって行く。  さらに数回、咆哮を繰り返す。  と、遠方から同じような声が返ってきた。 「ウオー―ホオー―……、ホオーオーオー……」  一つだけでなく、その声はあちこちから響いてくる。  ドノドンは満足げにうなずき、その場に座り込んだ。  よくわからないが、何かの合図なのだろう。ヴィーラグアも傍らに腰を下ろし、静かに待つ。  周囲の獣たちに動く気配はなく、身を隠したまま二体を見守っている。  彼方から遠吠えが届く。遠く、近く、次第に数を増し、四方から迫ってくる。  その声とともに、無数の意識が押し寄せてくるのを感じた。そこに怯えはなく、勇み立って我先にと駆け参じてくる。  やがて、地響きを追うように、数えきれないほどの獣が姿を現わした。 「来たな」  湖の畔の砂地に立つ二体を取り囲むのは、大小さまざまの森の獣たち。  その多くはドノドンと同じか似通った姿をしている、熊族だ。  その数は、砂地に現れた者だけで数百。熊族の後ろにはより小柄な獣たち、水面からも多くの獣が顔をのぞかせている。  森に隠れているのは、その十倍以上にものぼるだろう。  集まった熊たちは、ヴィーラグアに対しむき出しの敵意を向けてきたが、傍らにドノドンの姿を認めて、襲いかかるのを辛うじてこらえている様子だ。  暫くのにらみ合いののち、一体がドノドンの前に進み出た。
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