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10.大首領ドノドン
「我が首領、ドノドンよ」
ドノドンと同じく額に衝角をそびえ立たせ、だが背丈はヴィーラグアよりも低い。
体毛はややくすんだ色合いで灰味を帯びている。
確証はないが、年配のように見受けられた。
「うむ、ゴルガンよ」
「これはいったい、どういうことか。なぜ龍がここにいる、あなたはこの龍を森から追い出すと言っていたのではなかったのか」
ゴルガンと呼ばれた熊は、なぜか責めるような声を放った。
対するドノドンは平然と、むしろ得意げに言葉を返す。
「ああ、そのつもりだったんだがな。だがもう安心しろ、この龍は俺たちの仲間になった」
「なんと……」
驚愕に眼を見開くゴルガンに、ドノドンは「うむ」とうなずく。
だが次に放たれた言葉は、ドノドンを大いに慌てさせた。
「ではあなたは、この龍を下し、従えたというのか?!」
「え?」
「みなの者聞いたか! 我らが首領が狂暴な龍を成敗し、あまつさえ手下としたぞ!」
周囲に、どよめきが走る。
「ちょっ」
「称えよ! 森に集う我ら種族! 万の獣を率いる大首領、ドノドン・バンバンの名を!」
「いや待て待て」
「「うおおおー……!」」
「「「ドノドン!! ドノドン!!」」」
「待てってば! みんな落ち着け!」
だが既にどよめきは歓声へと変わり、森は嵐のような大合唱に包まれる。獣たちは足を踏み鳴らしながら、ドノドンの名を連呼した。
「違うんだヴィーラグア、こいつら勝手に勘違いして。どうか怒らないでくれ」
ドノドンは、ヴィーラグアがこの仕打ちに腹を立てて暴れ出したら大変だと、慌てて取り繕うとする。
だが当のヴィーラグアにそんなつもりはなく、むしろ笑いをこらえていた。
「ああ、それでいいよ。こいつらはみなドノドンの子分なんだろ? 我も子分になれば同じ仲間だ」
「いや、しかし。……、ああもう!」
首領や子分、手下といった言葉の意味も理解した。
昨日の約束通りにドノドンを子分にしたら、この獣たちも全員自分の子分ということになってしまう。
ヴィーラグアにしてみればそんなのは面倒なだけ、逆の立場の方が気が楽だ。
ドノドンは頭を掻きむしり、それからやけくそ気味に声をあげた。
「お前らううるせええっ! 黙れーっ!」
その怒鳴り声で、大歓声がピタリと止んだ。
なるほど、ドノドンは本当にこの森の獣たちを統率しているのだなと、ヴィーラグアも感心する。
「ここにいる龍、ヴィーラグア・ベデルガは今日から俺たちの仲間になった!
今までみたいに好き勝手に暴れたりしないよう、話もつけた!
もう安心だ!
だから!」
ここで大きく息を吐く。
「お前らも、俺の話を聞いてくれ」
―――※―――※―――※―――
その後は、各種族の主だった者を集め、改めて和解の場が持たれた。
「我が森は、大首領ドノドンのもとに多くの種族が群れつどい、団結して平穏を守っている。大首領ドノドンのもとに。
なあ、皆の衆」
周囲の者がうんうんと頷くなか、ゴルガンはドノドンの肩を得意げに叩く。
(なんだろう、ドノドンを敬っているようではあるけど、それにしてはやけに気安い感じだな。それに最初に出てきた時にはいきなり文句を言っていたし、いったいこの二体はどういう間柄なのか)
ヴィーラグアは、ゴルガンの態度に妙な違和感を憶える。
その答えは、ドノドンがすぐに出してくれた。
「母よ」
「なんだい息子よ」
「俺のことを自慢してくれるのはありがたいけど、そういうのはもう控えてくれ。みっともないから」
(母……、なるほど親子だったのか。ん? ということは、ゴルガンは雌なのか)
不機嫌そうに母を見下ろす息子と、こちらも不満げに息子を見返すゴルガン。他の者たちは、笑いをこらえている。
なごやかな雰囲気だが、ヴィーラグアに話しかけようとする者は一体もおらず、彼が視線を向けただけでみな眼を伏せたり慌てて横を向いたりする。
気まずい空気の中、ゴルガンの物怖じしない様子は、ヴィーラグアにとっても有難いものだった。
「控えるどころか、全然足りないよ。さあ、あたしの自慢の息子がどうやってこの龍を下したのか、みなの前でとっくりと語っておくれ」
「「おおおー」」
期待の声が上がる。
「いや待て、それは」
「どうしたんだ。熊族が龍を下したなど、まさに自慢の大手柄じゃないか。さあさあ、どんな戦いを繰り広げたのだい?」
困り切った顔でこちらを見るドノドンに、ヴィーラグアは助け舟を出すことにした。
「それについては、我が話そう」
ざわつきがピタリと止み、注目が集まる。その視線に怖れと警戒が含まれているのは、仕方のないことだ。
「ドノドンは強かった。小さいとはいえ龍族であるこの我に、正面から立ち向かってきたのだ。
我も、自分より大きな獣に恐れを抱いたが、ひるむことはなかった。我らは出会った勢いそのままに突進し真正面から頭を打ち付け合い、ドノドンの衝角が我の額を破った。
見ろ、この傷を」
ヴィーラグアが額を差し出すと、獣たちは身を乗り出して覗き込む。
むろん、傷などとっくに治っているので見えるはずもないのだが、芝居気たっぷりの仕草に乗せられて、なんとなくあるように見えてしまう。
「「ほほおー」」
と、声をもらす獣たちだった。
「だがドノドンも傷付いた。我の頭蓋の硬さに衝角がわずかに欠けてしまったのだ。
我は彼の勇姿をたたえ、傷を癒すとともに、大首領と認め服従を誓った」
「「おおおー」」
尊敬のまなざしを向ける獣たちに、大首領ドノドンは苦い顔で応じる。
本当は衝角を根元からポッキリ折られ、自分は一撃で気を失ってしまったなどとは、とても言える雰囲気ではなかった。
ゴルガンは双方の顔を見較べたのち、ヴィーラグアに向かって声をかけた。
「龍よ」
「なんだ、母ゴルガンよ」
「お前はどこから来た」
「南の地、大地の裂け目だ。炎の河の畔で、母と二体で暮らしていた。母が亡くなったので、旅に出ることにしたのだ」
「ここに住むのか?」
「いや、この森はただ立ち寄っただけだ。旅はまだ始まったばかり、我は世界を見たいと思っている」
「そうか」
何かを考え込むゴルガンの隣から、別の熊が声をかけてきた。
「俺は黄熊族の頭、タカカ・タンタンだ。ドノドンが仲間になったと言うなら、もう仲間だ。今度うちの畑を見に来てくれよ、うまいもんを食わせてやる」
体格はゴルガンと同じくらい、体毛は黄色というほどではないが明るい茶色だ。
「はたけ?」
「なんだ、畑を知らんのか」
「ああ、思い出した。たしか草や木を植えて育てるんだっけ」
「そうさ、今はタロ草の実とソクラ芋が取れる。うまいぞ」
母との対話の中に、畑という単語はたしかに出ていた。同時に、食える草があることも聞かされていたことを今更ながら思い出した。
「おれ、コーコー。クークーのコーコー」
続いて顔をのぞかせたのは、より小柄な、熊と同じく体毛に包まれているが明らかに別種の獣だ。
「おまえ、ラスク食うか? 食うならやる」
そう言って掌に乗るほどの小さな獣の屍を投げてくる。これは以前捕えたことがある、木の上に住む獣だ。
ヴィーラグアが屍をつまみ上げると、周囲の獣たちの間に緊張が走るのが感じられた。
仲間に迎えたとはいえ、やはり完全に気を許したわけではないらしい。獣を喰らう龍の姿には、怖れを抱かずにいられないようだ。
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