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13.狩る者と狩られる者
「伏せろ!」
その棒切れは、さほど大きなものではなかった。
太さは指先ほど、長さは片腕にも満たないくらいだ。
だが、ゴウラの光に包まれたそれは、相手が豆粒ほどにも見えない遠距離から音よりも速く飛来し、二体が隠れている岩を一撃で粉砕してなおも勢いを減ずることなく、ドノドンを押し倒したヴィーラグアの左肩を射抜いた。
その威力たるや、龍の剛皮をもたやすく貫き、腕をちぎり取られそうになるほど。
とっさに身を伏せていなければ、胴体の真ん中に大穴を空けられていたことだろう。
「ぐあっ!」
「なんだなんだ! 何が起こったんだ!」
背中から押し倒されたドノドンはいきなりの爆発音に驚いたが、振り向いた顔に降りそそぐ鮮血に、さらに声をあげた。
「やられたのか! いったいどこから!」
ヴィーラグアはそれには応えず、もはや残骸となった岩陰を飛び出して、攻撃の元に向かって走り出した。
何をしようというつもりもない、本能の赴くままの行動だった。
その間も、光の棒は次々と飛来してくる。それをかわしつつ、草原を駆け抜けながら肩の傷をゴウラの光で癒す、が。
(治りが遅い。ゴウラで射抜かれたせいか)
獣の群は突然現れた龍に恐れをなし、散り散りとなって逃げ惑う。
ヴィーラグアその間を縫って、前方の敵へ向かった。
「来るぞ、皆散れ! イシドル! ダリヤ!」
「おうっ!」
「はいっ!」
人間の一体が叫ぶと、他の者たちは二体を除いていっせいに後方へ走り出した。
残った三体は、どれもがゴウラの輝きをまとい、武器とおぼしき物を手にしている。
(剣と……、弓矢……か)
突如脳裏に浮かんだ単語。それどころか、人間たちの言葉を理解できる自分にとまどいを憶える。
(どういうことだ。
母との対話の中に、人間のことは一度も出て来なかった。ドノドンの話では、人間という種族は世界において重要な位置を占める存在であるはずなのに)
いや、そうではない。己の内から湧き出してくるものに、今更ながら気付いた。
(無意識のうちに、人間という存在に眼を向けることを拒んでいたんだ。我のゴウラがそれを望んだ、まだ時ではないからと。
ならば、今がその時か!)
ヴィーラグアはさらに脚を速め、草原を駆け抜ける。
飛来する矢はゴウラをたぎらせて弾き返し、さらに体勢を低くして、三体の中央に立つ剣を構えた雄に向かって、一直線に突進する。
相手の雄は、自分に倍する巨体にひるむことなく、落ち着いた体さばきで突撃をかわすと同時に、剣をひらめかせすれ違いざま首筋に斬撃を浴びせかけてきた。
ヴィーラグアはまだ十分に働かない左腕をかばい、右に跳ねてそれをかわす。
その先には、もう一体の人間が剣を向けて待ち構えていた。
神速の突きを、右腕にゴウラを集中させて盾としつつ体当たりで突破し、体勢を整えて振り返る。
続けざまに飛来した矢を片手で掴み取り、手首を捻ってそのまま投げ返す。
「キャッ」
次の矢をつがえようとしていた雌は、思わぬ逆襲に声をあげつつも、弓をふるって難なく払いのける。
野風吹く草原のただ中に、三体と一体が、数歩の距離で対峙した。
「くそっ、なんでこんな場所に龍が」
「でもこんなに小さいわ。まだ子供じゃないの?」
「子供だろうが容赦するな。むしろ好都合だ、これなら俺達だけでもやれる」
(小さいだと? こんな、我の半分にも満たない身体のくせに。
やるとは、殺すということか。殺して、喰らうのか!)
だがその小さな者が放った矢は、彼の肩を確かに貫いた。
ゴウラの強さに身体の大きさは関係ないのだ。好敵手として全力を尽くすにふさわしい相手と、認めざるを得ない。
三体の人間は距離を取り、こちらを囲むように位置を取る。
対するヴィーラグアは、身を沈めて息を整え、さらなるゴウラの輝きで全身を覆った。
「なんて光圧だ」
「ひるむな、飽和攻撃で行くぞ。ダリヤ!」
「はい!」
左手に立つ弓矢の雌が数本をまとめて弓につがえると、その矢をこちらではなく、真上に撃ち放った。
天に向かうかと思われた矢は、頭上で急激に向きを変え、散開して四方から襲いかかってくる。
同時に正面に立つ雄が上段に振り上げた剣が、ゴウラの光をまとって数倍もの大きさへと姿を変え、右手のもう一体が同じく、ゴウラの剣で鋭い突きを放ってくる。
逃げ場のない窮地にあって、それでもヴィーラグアは冷静に状況を見極めていた。
それは真正面。
光剣が振り下ろされようとする刹那、その懐下に飛び込んで体当たりを喰らわせる。
人間の雄は、巨体の一撃で弾き飛ばされた。
ヴィーラグアは間髪を入れず、振り返りざま巨木のごとき尾を振るって雌を横殴りに撃ち払いつつ、残る雄の胴を剛爪で貫く。
三体を、一瞬で打ち倒した。
「これが人間か」
息を吐きながら身を起こし、草地に横たわる三体を見渡す。
左右の雄雌は、すでにこと切れていた。残る正面の一体も、長くはもたないだろう。
「なんと脆いことか」
だがあの遠距離でこちらを補足し、初撃で肩を射貫いた力は侮るわけにはいかない。
ヴィーラグアは、口から大量の血を吐きながら身もだえている雄に近づくと、声をかけた。
「おい、人間」
雄は、間近に迫る龍に一瞬怯えを見せたが、直後に気を取り直し睨みつけてきた。
「くそ、これまでか。でもまだ諦めるわけにはいかない。せめてもう一撃、皆が、仲間たちが逃げ切るまでは……」
ヴィーラグアは驚いた。この人間は、自分の命が今まさに尽きようとしているのに、他者の無事を案じているのか。
「お前、生きたいか」
たがその問いかけに対し、明確な返答はない。
威嚇とは異なる声音にいぶかしむような表情をみせたが、こちらの言語までは理解できないようだ。
油断なくこちらを睨みつけながら、意識を集中しゴウラをふるい立たせようとしているのが見て取れた。
(我は人間の言葉が判るのに、人間は我らの言葉が判らない。単に知識の問題とも思うが、では我の知識はどこからもたらされたものなのか。
それに、この人間という生き物。肉体はこれほどまでに脆弱でありながら、心の強靭さは理解を超える。
ドノドンの言う狂暴さとは違う、単にゴウラが強大だというわけでもない。これは意志の強さだ。
我は、この人間をもっと知りたい)
だがその間にも、人間は命尽きようとし、にもかかわらず最後の力を右手に込めようとしている。
「よせ、もういい」
その言葉も届かない。
ゴウラの光をたぎらせ、目の前の龍に向けて撃ち放とうとした刹那、ヴィーラグアは大きく口を開けて、その右腕を光球ごと食いちぎった。
(言葉も通じず、力尽きかけようとしているこの状況では仕方ない。この者を知るには、命あるうちに喰らってゴウラを我がものとするしか方法がない)
悲鳴を上げる暇も与えず、頭から丸呑みにする。
続いて、傍に倒れている二体もむさぼり喰らった。ゴウラの欠片でも取り込めればと。
やがて、自分と一体となった人間のゴウラが、体内で再び目覚めようとする。
輝きを増し、次第に姿を顕わにしていく魂に、だが彼は慄然とした。
(我は、このゴウラの形を知っている!)
そうではない、思い出したのだ。
記憶とともに、魂の奥底から溢れ出した何かが、人間の形を取ろうとしてくる。
だがそれは先ほど喰らった人間とは別の、自分の中に初めから眠っていたもの。
かつて自分であった者。
今まさに、自分になろうとする者!
(お前は……! いや、俺は……!)
ほとばしる灼光の嵐に、これまで自分という存在を形作っていた殻が粉々に砕け散り、その内側から真のゴウラが蘇るのを感じながら、ヴィーラグアの意識は、無明の闇の中に溶け去って行った。
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