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14.無明の断罪
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:::目覚めなさい:::
何処とも知れぬ空間に声が響く。
:::目覚めなさい、勇者よ:::
どれくらい眠っていたのだろう。
永遠とも、ほんの刹那の間とも思える。あるいは眠っていたのではなく、今この瞬間に、生まれ出たかのような。
=ここは何処だ。なぜ俺はここにいる。俺は……誰だ……=
声がやんだ後に残るのは、ひたすらの静寂。
何も見えず、何も感じない。光も、音も、己自身の存在さえも。
虚空に溶け消えてしまいそうな喪失感に怯え、衝動のおもむくまま言葉を放った。
=俺を呼ぶのは、誰だ=
:::私は、神:::
思いがけず、応えはすぐに返ってきた。孤独からの解放に安堵しながら、重ねて問いかける。
=神とは何だ=
:::この世界を創り、支配する者:::
天界から注ぎ降る光襞のように。
風にたゆたう鐘の音のように。
神と名乗る者の声はその者の魂を照らし、心を揺るがす。
声の主が、抗うすべもないはるか高みに立つ存在であることを、理由もなく理解した。
だが勇者と呼ばれた者は臆することなく、凛として言葉を紡ぐ。
=その神が、俺に何の用だ=
問いかけに対する応えであったのか、それとも一方的な宣言なのか。
神は告げる。
:::これより、そなたを裁きます:::
=裁く? いったい俺の何をだ=
:::そなたの罪を:::
=罪?=
その者は、かつての記憶を呼び起こした。
=俺は……勇者として、戦っていた……。
そうだ。俺は選ばれた人間として、正義の名のもとに魔と戦い、世界の平和を守ったのだ。
そこに罪などあろうはずがない=
:::いいえ、そなたの行いは正義などではありませんでした:::
だが神は、一言に断じる。
:::そなたは力に溺れ、好き放題に死を振り撒いただけ。
力を行使し他者を虐げる行為に喜びを見出し、殺戮を楽しんだ。
それを正しい行いと公言し、恥とさえ思わなかった。
身勝手で、一人よがりで、意味もなく他者を見下す。それは魔王の所業と変わらぬ、傲慢:::
=俺は楽しんでなどいない!
魔族を滅ぼすのは、人の世界を守るために必要なことだった。それは正義ではないのか!=
:::誅すべきは魔王ただひとり。他の者たちは、そなたの理不尽な責めに抗ったに過ぎません。
そなたは行く先々で異種族の村を襲い、平和に暮らしていた民を、大人も幼子も区別なく斬り捨て、焼き滅ぼしました。
魔王は紛れもない罪人です。ですが周囲に生きる多くの者は、善良に日々を暮らしているのです。それは人も、かの種族も同じこと:::
=それは嘘だ! 魔族は、人を襲う!=
:::人が獣を狩るのと何が違いましょう。
かの種族は生きるために人を狩りますが、同じく人もまた生きるために異種族を狩り、肉を喰らう。それは罪ですか?:::
=しかし……、魔族は……=
神の言葉を理解するにつれ、抗う声が次第に小さくなっていく。
対する神は、高らかに彼の罪を言い立てた。
:::相容れぬ種族を理(ことわり)なく魔と蔑み、善悪を顧みることなくただ討ち捨てるを喜びとする。
その慈悲なき心根こそ、大いなる悪!
奪った命を罪と数えるならば、そなたが重ねた罪の数は、魔王にも勝るのです!:::
=そんな……=
自分が果たした行いは、正義などではなかった。ただの殺戮であると……。だが奇妙なことに、ただ納得する以上に腑に落ちるものがある。
あの時の自分は、何を想って戦っていたか。いや、想いなどというものではなく、あふれ出す憎しみをただ眼前に立つ者に投げ付けていただけだ。
ついには己自身さえ憎悪の的とし、破滅へと追いやって果てた。
そこには、正義など欠片もなかったのだ。
=俺は、これからどうなる=
もはや罪を償うすべもない。彼は打ちひしがれ、消え去ることを願った。
:::償い切れぬ罪は、無限の痛苦をもって贖うのみ。闇に閉ざされた隷獄の底で、棘縛の駒となり恨炎の釜に焼かれ続けるのです。世界が終焉を迎える、その時に至るまで:::
=それが俺のなすべきことなら、甘んじて……=
暫しの沈黙。
既に刑罰は始まっているのか、自責と後悔の刃が彼の魂を容赦なく貫き、苛んでいた。
:::なれど、私はそなたを赦しましょう:::
声音は変わらず。だがその告げるところは身を翻すに等しい。
=なんだって?=
:::そなたの罪は、己の正義を絶対と決めつけ、他者を顧みなかったこと。されば:::
神の声が、ひときわ高らかに響きわたる。
:::いま一度、生をやり直すが良い! ただし人ではなく、かの種族の王として!:::
=かの種族……魔族の王に、この俺が!=
:::さあ、旅立ちなさい。新たな生で己の魂と対峙し、世界の理を知り、果たすべき道を歩むのです!:::
無明の風が吹き、あるはずのない身体が運び去られるのを感じた。
=待て。魔族の王だなどと、俺は何をすればいいんだ! この俺に、いったい何をさせようというのだ!=
だが、もはや応えはない。
=答えてくれ、神よ!=
=神よ……!=
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