14.無明の断罪

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14.無明の断罪

      ―――※―――※―――※――― :::目覚めなさい:::  何処とも知れぬ空間に声が響く。 :::目覚めなさい、勇者よ:::  どれくらい眠っていたのだろう。  永遠とも、ほんの刹那の間とも思える。あるいは眠っていたのではなく、今この瞬間に、生まれ出たかのような。 =ここは何処だ。なぜ俺はここにいる。俺は……誰だ……=  声がやんだ後に残るのは、ひたすらの静寂。  何も見えず、何も感じない。光も、音も、己自身の存在さえも。  虚空に溶け消えてしまいそうな喪失感に怯え、衝動のおもむくまま言葉を放った。 =俺を呼ぶのは、誰だ= :::私は、神:::  思いがけず、(いら)えはすぐに返ってきた。孤独からの解放に安堵しながら、重ねて問いかける。 =神とは何だ= :::この世界を創り、支配する者:::  天界から注ぎ降る光襞のように。  風にたゆたう鐘の音のように。  神と名乗る者の声はその者の魂を照らし、心を揺るがす。  声の主が、抗うすべもないはるか高みに立つ存在であることを、理由もなく理解した。  だが勇者と呼ばれた者は臆することなく、凛として言葉を紡ぐ。 =その神が、俺に何の用だ=  問いかけに対する応えであったのか、それとも一方的な宣言なのか。  神は告げる。 :::これより、そなたを裁きます::: =裁く? いったい俺の何をだ= :::そなたの罪を::: =罪?=  その者は、かつての記憶を呼び起こした。 =俺は……勇者として、戦っていた……。  そうだ。俺は選ばれた人間として、正義の名のもとに魔と戦い、世界の平和を守ったのだ。  そこに罪などあろうはずがない= :::いいえ、そなたの行いは正義などではありませんでした:::  だが神は、一言に断じる。 :::そなたは力に溺れ、好き放題に死を振り撒いただけ。  力を行使し他者を虐げる行為に喜びを見出し、殺戮を楽しんだ。  それを正しい行いと公言し、恥とさえ思わなかった。  身勝手で、一人よがりで、意味もなく他者を見下す。それは魔王の所業と変わらぬ、傲慢::: =俺は楽しんでなどいない!  魔族を滅ぼすのは、人の世界を守るために必要なことだった。それは正義ではないのか!= :::誅すべきは魔王ただひとり。他の者たちは、そなたの理不尽な責めに抗ったに過ぎません。   そなたは行く先々で異種族の村を襲い、平和に暮らしていた民を、大人も幼子も区別なく斬り捨て、焼き滅ぼしました。   魔王は紛れもない罪人です。ですが周囲に生きる多くの者は、善良に日々を暮らしているのです。それは人も、かの種族も同じこと::: =それは嘘だ! 魔族は、人を襲う!= :::人が獣を狩るのと何が違いましょう。  かの種族は生きるために人を狩りますが、同じく人もまた生きるために異種族を狩り、肉を喰らう。それは罪ですか?::: =しかし……、魔族は……=  神の言葉を理解するにつれ、抗う声が次第に小さくなっていく。  対する神は、高らかに彼の罪を言い立てた。 :::相容れぬ種族を理(ことわり)なく魔と蔑み、善悪を顧みることなくただ討ち捨てるを喜びとする。  その慈悲なき心根こそ、大いなる悪!  奪った命を罪と数えるならば、そなたが重ねた罪の数は、魔王にも勝るのです!::: =そんな……=  自分が果たした行いは、正義などではなかった。ただの殺戮であると……。だが奇妙なことに、ただ納得する以上に腑に落ちるものがある。  あの時の自分は、何を想って戦っていたか。いや、想いなどというものではなく、あふれ出す憎しみをただ眼前に立つ者に投げ付けていただけだ。  ついには己自身さえ憎悪の的とし、破滅へと追いやって果てた。  そこには、正義など欠片もなかったのだ。 =俺は、これからどうなる=  もはや罪を償うすべもない。彼は打ちひしがれ、消え去ることを願った。 :::償い切れぬ罪は、無限の痛苦をもって贖うのみ。闇に閉ざされた隷獄の底で、棘縛の駒となり恨炎の釜に焼かれ続けるのです。世界が終焉を迎える、その時に至るまで::: =それが俺のなすべきことなら、甘んじて……=  暫しの沈黙。  既に刑罰は始まっているのか、自責と後悔の刃が彼の魂を容赦なく貫き、苛んでいた。 :::なれど、私はそなたを赦しましょう:::  声音は変わらず。だがその告げるところは身を翻すに等しい。 =なんだって?= :::そなたの罪は、己の正義を絶対と決めつけ、他者を顧みなかったこと。されば:::  神の声が、ひときわ高らかに響きわたる。 :::いま一度、生をやり直すが良い! ただし人ではなく、かの種族の王として!::: =かの種族……魔族の王に、この俺が!= :::さあ、旅立ちなさい。新たな生で己の魂と対峙し、世界の理を知り、果たすべき道を歩むのです!:::  無明の風が吹き、あるはずのない身体が運び去られるのを感じた。 =待て。魔族の王だなどと、俺は何をすればいいんだ! この俺に、いったい何をさせようというのだ!=  だが、もはや応えはない。 =答えてくれ、神よ!= =神よ……!=       ―――※―――※―――※―――
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