15.龍の血族

1/1
前へ
/23ページ
次へ

15.龍の血族

 眼が醒めた時、ヴィーラグアは草原に倒れて空を見上げている自分に気付いた。  あれは、夢。  そうではない、確かな記憶であることを思い出した。 (我は……俺は、かつて人間だった。  名はアーリィ。アルクサラウディ・ヴァルロシャーク。ロスコアの辺境スノルウィーグに生まれ、勇者(アーロー)として魔族と……、種族と戦った。  そうだ。この俺こそが、我ら種族の憎むべき敵だったんだ)  頭を振りながら身を起こす。  かつての自分、神による断罪、そして与えられた新たな生と、使命。  ようやく理解した。  自分が何者かを。何をなすべきかを。 「ヴィーラグア!」  ドノドンが自分を見降ろしている。そうか、駆けつけてくれたのか。  人間たちは……、どうやら逃げ去ったようだ。 「ああ、ドノドン」 「おおお、お前! その姿は!」 「姿?」  前肢をかざしてみると、確かに妙な感じがする。ゴウラを酷使したせいなのか、細くなって、というよりも縮んでしまったようだ。  だが人間に戻ったわけではない。この黒皮をまとった肌身は、明らかに種族のものだ。 「ああ……あ……」  身体を起こすと、ドノドンは小さな悲鳴をもらしてへたり込み、こちらを指さしながら後ずさりをする。  まさか、自分を恐れているのか。 「おい、ドノドン」 「おおお前! ししし、神龍族だったのか!!」 「神龍族?」  とはいったい何だろう。ヴィーラグアは、疑問をそのまま口にした。 「なんだそれは」 「なんだって、そんなことも知らないのかよ?!」 「ふむ」  立ち上がり身体を確認すると、たしかに妙な違和感を憶える。体全体が小さく、細身になっていた。  黒い剛皮や太い尾などはまぎれもなく龍のものだが、立ち姿は人間のそれに近い。龍人とでも呼ぶべき形態だ。 (しまったな、意識を向け過ぎたせいで人間のゴウラに引っ張られてしまったか、あるいは生前の記憶がよみがえったせいなのか。しかしだ)  目の前で腰を抜かしているドノドンに、ふたたび問いかけてみる。 「なあ、神龍族って何なんだ?」 「し、神龍族ってのはなあ」  ヴィーラグアが、見た目はともかく中身は変わっていないことに、多少なりとも落ち着きを取り戻したのだろう。  ドノドンも立ち上がりながら大きく息を吐き、それでも疑い深げにジロジロと睨めまわしながら、語り始めた。 「大地の裂け目の向こう側に住んでいる、龍族の中でも最強の奴らだよ。  龍でありながら、人間に似た形態をとることもある。それゆえ、我ら種族と人間族の両方に君臨する、最高位の種族と言われているんだ」 「最高位……」 (しかし、この形態は自分の意思でなったわけではない。人間のゴウラが発現したことによる、偶然の結果に過ぎないはずだ。  ドノドンには申し訳ないが、ただの勘違いだ) 「なあドノドン……」  そう、言いかけた時だった。  前触れもなくゴウと風が鳴り、陽が翳る。  いぶかしんで空を見上げたヴィーラグアとドノドンは、そこにあるものに驚愕した。  陽をさえぎったのは雲ではなく、二体の真上、そう高くない位置に浮かびこちらを見下ろしている、数体の巨龍だったのだ。 「ぎゃああーっ!」  ドノドンが悲鳴を上げて逃げ出す。  龍たちは、だが彼を気にするそぶりもなく、ヴィーラグアを取り囲むように、地に降り立った。 (こいつら、もしやあの時の……)  以前、地平の彼方に見かけた小さな影。そのものであるかは不明だが、同じ種類の龍であることは間違いない。  あの時は戦慄に肝を失い、ただ逃げ惑うだけだったが、人間の魂と記憶を取り戻した今の自分には、無用な怖れはない。 (なるほど、間近に見るとやはり母の姿とそっくりだ。だがなぜ、今ここに現れたのだろう)  全部で七体。怖れはなくとも、脅威であることに変わりはない。  人間の記憶は、同時に勇者としての知識と技量を彼にもたらしたが、実際に使いこなすには相応の訓練が必要なはずだ。  目覚めたばかりの自分に、それが出来るとは思わない。  ヴィーラグアが油断なく周囲を観察している間、龍たちもまた彼を見つめていた。  無言の対峙ののち、先に行動を起こしたのは彼らの方だった。  突然、周囲を取り囲む龍たちのゴウラが一斉に沸き立ち、その光が身を包む。  思わず身構えたものの、そこに攻撃の意志は感じなかったので、無用な反応は自制した。  が、光が去った後に現れたものを眼のあたりにして、驚きを隠すことはできなかった。  そこに立っていたのは、自分と同じ姿の龍人たちだったのだ。 「なにっ」  正面に立つ一体。  全身が漆黒のヴィーラグアに対し、こちらは剛皮は同じく漆黒であるが、節々が青みがかった色合いで縁取られている。体高は彼よりも頭一つ分ほど高い。  他の龍人の背丈は様々で、概ねヴィーラグアよりも長身だが、彼よりも低い者もいる。縁取りの色味にもそれぞれ個性があるようだ。  やがて、正面の龍人が口を開いた。 「貴様、何者だ」  ヴィーラグアは、すぐには応えを返さない。  反発心を抱いたわけではなく、何者と聞かれてもどう答えれば良いのか判らなかっただけだ。  相手も、無反応な彼に激昂することもなく、静かにたたずんでいる。  仕方なく、名乗ることにした。 「俺は、ヴィーラグアだ」 「光の子か、変わった名だな。どこから来た」 「南の、炎の河のほとりからだ」 「なに?」  龍人の背後、大地の裂け目が横たわる地平を指差しながら、交わした言葉を分析する。 (俺の名前の意味を理解したのか。  母は『古い言葉』と言っていたはずだが、その知識があるということは、同じ文明圏に属しているということだ。あるいは、やはり同族なのか) 「あんな所に住む者などいるはずがない。言え、どこの種族だ」 「それについては後で話そう。それよりもまず、そちらの名を聞かせてもらいたい」 「クク……、まだ子供のようだが、見かけによらず肝が太いな。悪くないぞ。  ならば名乗ろう。我はティニンアラフが族長バルグラドの子、アスザァリム」  言葉とともに、意味も読み取れる。神龍族(ティニンアラフ)雷光と雷鳴(バルグラド)疾風の剣(アスザァリム)。  と同時に、人間アーリィの記憶がよみがえる。 (どこかで聞いたような……。そうか、南国界の言葉に近いものを感じる) 「重ねて聞こう、貴様はどこの生まれだ。  見たところ我らと同じ神龍族(ティニンアラフ)のようだが、我は貴様を知らぬ。加えて、我ら以外に同族がいるという話も聞いたことはない。  答えよ。貴様は何者だ、どこから来た」 「疑念はもっともと思うが、答えはさっき言ったとおりだ。俺は地の裂け目の奥、森が尽き捷気あふれる炎の河の畔で、母によってこの世に産み落とされた」 「母の名は?」 「ベデルグ。俺の名はヴィーラグア・ベデルガだ」  その瞬間、龍たちの間に緊張が走った。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加