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15.龍の血族
眼が醒めた時、ヴィーラグアは草原に倒れて空を見上げている自分に気付いた。
あれは、夢。
そうではない、確かな記憶であることを思い出した。
(我は……俺は、かつて人間だった。
名はアーリィ。アルクサラウディ・ヴァルロシャーク。ロスコアの辺境スノルウィーグに生まれ、勇者として魔族と……、種族と戦った。
そうだ。この俺こそが、我ら種族の憎むべき敵だったんだ)
頭を振りながら身を起こす。
かつての自分、神による断罪、そして与えられた新たな生と、使命。
ようやく理解した。
自分が何者かを。何をなすべきかを。
「ヴィーラグア!」
ドノドンが自分を見降ろしている。そうか、駆けつけてくれたのか。
人間たちは……、どうやら逃げ去ったようだ。
「ああ、ドノドン」
「おおお、お前! その姿は!」
「姿?」
前肢をかざしてみると、確かに妙な感じがする。ゴウラを酷使したせいなのか、細くなって、というよりも縮んでしまったようだ。
だが人間に戻ったわけではない。この黒皮をまとった肌身は、明らかに種族のものだ。
「ああ……あ……」
身体を起こすと、ドノドンは小さな悲鳴をもらしてへたり込み、こちらを指さしながら後ずさりをする。
まさか、自分を恐れているのか。
「おい、ドノドン」
「おおお前! ししし、神龍族だったのか!!」
「神龍族?」
とはいったい何だろう。ヴィーラグアは、疑問をそのまま口にした。
「なんだそれは」
「なんだって、そんなことも知らないのかよ?!」
「ふむ」
立ち上がり身体を確認すると、たしかに妙な違和感を憶える。体全体が小さく、細身になっていた。
黒い剛皮や太い尾などはまぎれもなく龍のものだが、立ち姿は人間のそれに近い。龍人とでも呼ぶべき形態だ。
(しまったな、意識を向け過ぎたせいで人間のゴウラに引っ張られてしまったか、あるいは生前の記憶がよみがえったせいなのか。しかしだ)
目の前で腰を抜かしているドノドンに、ふたたび問いかけてみる。
「なあ、神龍族って何なんだ?」
「し、神龍族ってのはなあ」
ヴィーラグアが、見た目はともかく中身は変わっていないことに、多少なりとも落ち着きを取り戻したのだろう。
ドノドンも立ち上がりながら大きく息を吐き、それでも疑い深げにジロジロと睨めまわしながら、語り始めた。
「大地の裂け目の向こう側に住んでいる、龍族の中でも最強の奴らだよ。
龍でありながら、人間に似た形態をとることもある。それゆえ、我ら種族と人間族の両方に君臨する、最高位の種族と言われているんだ」
「最高位……」
(しかし、この形態は自分の意思でなったわけではない。人間のゴウラが発現したことによる、偶然の結果に過ぎないはずだ。
ドノドンには申し訳ないが、ただの勘違いだ)
「なあドノドン……」
そう、言いかけた時だった。
前触れもなくゴウと風が鳴り、陽が翳る。
いぶかしんで空を見上げたヴィーラグアとドノドンは、そこにあるものに驚愕した。
陽をさえぎったのは雲ではなく、二体の真上、そう高くない位置に浮かびこちらを見下ろしている、数体の巨龍だったのだ。
「ぎゃああーっ!」
ドノドンが悲鳴を上げて逃げ出す。
龍たちは、だが彼を気にするそぶりもなく、ヴィーラグアを取り囲むように、地に降り立った。
(こいつら、もしやあの時の……)
以前、地平の彼方に見かけた小さな影。そのものであるかは不明だが、同じ種類の龍であることは間違いない。
あの時は戦慄に肝を失い、ただ逃げ惑うだけだったが、人間の魂と記憶を取り戻した今の自分には、無用な怖れはない。
(なるほど、間近に見るとやはり母の姿とそっくりだ。だがなぜ、今ここに現れたのだろう)
全部で七体。怖れはなくとも、脅威であることに変わりはない。
人間の記憶は、同時に勇者としての知識と技量を彼にもたらしたが、実際に使いこなすには相応の訓練が必要なはずだ。
目覚めたばかりの自分に、それが出来るとは思わない。
ヴィーラグアが油断なく周囲を観察している間、龍たちもまた彼を見つめていた。
無言の対峙ののち、先に行動を起こしたのは彼らの方だった。
突然、周囲を取り囲む龍たちのゴウラが一斉に沸き立ち、その光が身を包む。
思わず身構えたものの、そこに攻撃の意志は感じなかったので、無用な反応は自制した。
が、光が去った後に現れたものを眼のあたりにして、驚きを隠すことはできなかった。
そこに立っていたのは、自分と同じ姿の龍人たちだったのだ。
「なにっ」
正面に立つ一体。
全身が漆黒のヴィーラグアに対し、こちらは剛皮は同じく漆黒であるが、節々が青みがかった色合いで縁取られている。体高は彼よりも頭一つ分ほど高い。
他の龍人の背丈は様々で、概ねヴィーラグアよりも長身だが、彼よりも低い者もいる。縁取りの色味にもそれぞれ個性があるようだ。
やがて、正面の龍人が口を開いた。
「貴様、何者だ」
ヴィーラグアは、すぐには応えを返さない。
反発心を抱いたわけではなく、何者と聞かれてもどう答えれば良いのか判らなかっただけだ。
相手も、無反応な彼に激昂することもなく、静かにたたずんでいる。
仕方なく、名乗ることにした。
「俺は、ヴィーラグアだ」
「光の子か、変わった名だな。どこから来た」
「南の、炎の河のほとりからだ」
「なに?」
龍人の背後、大地の裂け目が横たわる地平を指差しながら、交わした言葉を分析する。
(俺の名前の意味を理解したのか。
母は『古い言葉』と言っていたはずだが、その知識があるということは、同じ文明圏に属しているということだ。あるいは、やはり同族なのか)
「あんな所に住む者などいるはずがない。言え、どこの種族だ」
「それについては後で話そう。それよりもまず、そちらの名を聞かせてもらいたい」
「クク……、まだ子供のようだが、見かけによらず肝が太いな。悪くないぞ。
ならば名乗ろう。我はティニンアラフが族長バルグラドの子、アスザァリム」
言葉とともに、意味も読み取れる。神龍族、雷光と雷鳴、疾風の剣。
と同時に、人間アーリィの記憶がよみがえる。
(どこかで聞いたような……。そうか、南国界の言葉に近いものを感じる)
「重ねて聞こう、貴様はどこの生まれだ。
見たところ我らと同じ神龍族のようだが、我は貴様を知らぬ。加えて、我ら以外に同族がいるという話も聞いたことはない。
答えよ。貴様は何者だ、どこから来た」
「疑念はもっともと思うが、答えはさっき言ったとおりだ。俺は地の裂け目の奥、森が尽き捷気あふれる炎の河の畔で、母によってこの世に産み落とされた」
「母の名は?」
「ベデルグ。俺の名はヴィーラグア・ベデルガだ」
その瞬間、龍たちの間に緊張が走った。
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