17.戦士の矜持

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17.戦士の矜持

 アスザァリムは、翼を一振りすると上空へと舞い上がった。 「飛航術か」  龍の巨体を天空へと運び上げたのは、翼の揚力ではなく、ゴウラの力によるものだ。  肉体のみならず、自分を包む空間そのものを操り高速で移動する、飛航術。かつて勇者アーリィも駆使した技だ。  そして前世の記憶とともに魔道の技術を取り戻したヴィーラグアも、また。  わずかの逡巡もなく内なるゴウラを沸き立たせ、重力を無視して軽やかに翔び立つと、高空で待つアスザァリムをめざした。  続いて他の龍人たちも、戦いを見届けるべく後を追う。  草原を見降ろす無窮の空の上で、二体の巨龍が対峙する。  蒼黒の龍の咆哮を合図に、二者は互いを的とし真正面から激突した。  続けて一交、二交。ぶつかり合うが、ゴウラの火花を散らすのみで、どちらにもダメージはない。  数度にわたって激突を繰り返した後、アスザァリムが距離を取って構えた。  咆哮とともに、ゴウラの火球を撃ち放ってくる。  ヴィーラグアが身を翻して避けようとすると、火球は進路を変えて追いすがってきた。  翼で叩き落としたところに、さらなる乱れ撃ちが襲いかかる。 「くそっ」  かつてのアーリィであれば、この程度の攻撃をしのぐのは造作もないことだ。  だが初めて巨龍の身体をまとったヴィーラグアには、四肢と翼を駆使しても数発を落とすのがやっとだった。  さばき切れないと覚悟を決めた彼は、身体を丸めゴウラの防壁で全身を覆った。と同時に、数十発の火球がいっせいに炸裂する。  衝撃と閃光を堪え体勢を立て直そうとしたところに、爆炎に紛れて突撃してきたアスザァリムの衝角が、胸部をとらえた。  ヴィーラグアはとっさに両手で掴み取りながら、上体をそらして逃れようとする。が、ゴウラをまとった切っ先が胸元をえぐり、肉を削った。  激痛をこらえつつ、相手の腹部を蹴り上げて投げ飛ばす。  だが地上での戦いならともかく、空中での投げ技など大して意味をなさない。アスザァリムはたくみに姿勢を変え、再び突進の構えを見せた。  ヴィーラグアはお返しとばかりに、見よう見まねで火球を放つ。  ただの一発だ。蒼黒の龍は、鼻で笑うかのように片手で払い飛ばした。  だがそれでいい。  もとより、相手と同じ技で倒せるなどとは考えていない。龍の戦い方を相手から学んでいるにすぎないのだ。  龍相手の戦闘経験なら、勇者時代に十分に積んでいる。ただしそれはあくまで人間としてであって、龍同士の戦い方は新たに身に付ける必要がある。  神龍族の戦士は、またとない教師だった。 「赤子にしてはなかなかやるな。ではそろそろ、本気でやらせてもらおう」  アスザァリムの両眼が鋭い眼光を放つ。  次の瞬間、ヴィーラグアは金縛りにあったように身動きが取れなくなった。 (空間を縛られた。だが!)  アスザァリムの術は、ヴィーラグアを包む移動空間のさらに外側の空間を囲い込み、拘束する技だ。  しかしそれは、かの魔王も駆使した技の一つ。すでに撃ち破る方法も会得している彼に、驚きはない。  刹那の逡巡もなく光の刃を閃かせ、まとわりつく拘束空間を寸断した。 「おお……」  鮮やかな返しに、アスザァリムのみならず、戦いを見守る神龍たちまでもが感嘆の声をあげる。 (ふむ、こんな感じか。でもやっぱり、剣が欲しいな)  アスザァリムが先ほど使った、衝角にゴウラをまとわせて刃とする技。あれと同じものを、実はアーリィも使っていた。  ただし彼が用いていた武器は、もちろん角などではなく、剣だ。  だがこの巨躯に見合う剣などあるはずがないし、もしあったとしても、この体型ではむしろ使い辛い。  ならばと、自分の腕を剣に見立ててゴウラの光剣を顕現させ、さらに投げつけるように周囲に放って、アスザァリムの呪縛を破った。 「さて、反撃といくか」  ここまで防戦一方の彼だったが、ここまでの交戦で身体の使い方も相手の力量も、おおむね把握できた。  ヴィーラグアは、ふたたび距離を取って構える相手を見据え、ゴウラの一撃を放った。  火球ではなく、一条の閃光で射抜くように。  魔王にさえ絶大な痛手を与えた、彼自身が編み出した必殺の技だ。  光の速度で襲い来る攻撃を、アスザァリムは身を翻して逃れようとしたが、光線は長槍の鋭さでゴウラの鎧を破り、肩口を射貫いた。 「グオッ」  苦鳴を漏らし、体勢を崩す。  ゴウラのわずかな乱れを見たヴィーラグアは、続けて第二射を放とうとする。その瞬間、アスザァリムの両眼がこちらをにらみ返し、これまでにない光を放った。  ヴィーラグアの技を真似て、今度は彼が光撃を返してきたのだ。  だがヴィーラグアはそれを避けようとはせず、落ち着いたしぐさでゴウラの盾を展開し、光線をはじき返した。ただし真正面からではなく、斜めに受け流す体勢でだ。  達人が技を編み出すとき、同時に返し技も用意する。ヴィーラグアは生まれたばかりの幼龍だが、勇者アーリィの戦闘経験は人間界随一だ。  初見の技を瞬時に会得したアスザァリムもまた、天賦の才を持ち、加えて歴戦の戦士だっただろう。  だがヴィーラグアは、才覚経験ともに神龍をしのいでいた。  慣れないのは龍の身体の操り方だけだったが、それもこの短い時間に克服している。  意表を突いたはずの反撃をいとも容易く防がれ、アスザァリムはゴウラを完全に乱してしまっていた。  その隙を逃さず、ヴィーラグアは懐に飛び込み、下から斜め上に薙ぐ。  右腕を、ゴウラの大剣に変えて。  斬撃で二つに裂かれたアスザァリムは、力を失い落下して行く。  ヴィーラグアはその後を追い、彼の半身を抱き止めて地上に降り立った。 「見事……だ……」 「しゃべるな。つなぎ合わせてゴウラで癒せば、まだ助かる」 「いや、構うな。戦いに敗れて命永らえても意味はない。勝者は全てを得、敗者は全てをささげる、これが掟だ」 「くだらない、そんな掟など俺は知らん」 「いいや、貴様は知っているはずだ。死にゆく者のゴウラを、無にせず生かす(すべ)を」 (死にゆくゴウラを生かす……、まさか) 「お前を、喰らえというのか」 「それによって、お前は我のすべてを継ぐことになる。  戦いながら、我はお前のゴウラを覗き見ていたのだ。お前には、その資格がある」  その言葉が終わると同時に、周囲から嵐のようなゴウラが沸き起こるのを感じて、思わず振り返る。  だがそこに佇むのは、静かに二体を見守る龍人たち。  激情を理性で抑え、決闘の結末に対し矜持を示そうとする、誇り高き戦士だった。 「さあ、喰らえ!」  それは衝動か、本能のほとばしりか。  ヴィーラグアはアスザァリムの喉元に食らいつくと、引きちぎるように噛み破った。  半身に覆いかぶさるように。続いて全身を。無心でむさぼる。  取り囲む神龍族は、それを止めようとするそぶりもなく、静かに見守っている。  欲ではなく、勝者の義務として。  彼は全てを喰らい尽くし、自分の中に新たなゴウラが生まれたのを確認する。  アスザァリムは、確かにここに存在した。
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