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18.帰路へ
立ち上がり周囲を見回すと、龍人たちは彼の前に膝をつき、頭を垂れていた。
「貴様を、我が主と認めよう」
一体が告げる。
「主?」
「まずは、我らが長兄の宣戦を受けてくれたことに礼を言わせてもらう。
悪しき血脈を断たねばならぬというのは、もちろんこちらの事情だ。貴様に罪があるわけではない。
貴様は自身の力で断罪の掟を撃ち破り、加えて一族随一の戦士のゴウラを、己がものとした。もはや我らに貴様を断ずる理由はない。
もし貴様がこの先、悪しき行いを為すのであれば、その時には改めて貴様の前に立ちふさがろう。
そうでなければ、一族を率いる者と認め我らは貴様に従おう」
「待て、なぜ俺がお前たちを率いなければならないんだ」
「貴様が、族長を継ぐ者たるアスザァリムのゴウラを継いだからだ」
「勝手なことを言うな、迷惑だ」
その龍人は立ち上がると、苦い顔をするヴィーラグアを正面から見据えながら、ただ事実のみを伝えるかのように淡々と言葉をつないだ。
「むろん、我らの勝手だ。貴様の意思がどうあれ、我らは勝手に貴様に従い、勝手に断ずるのだ。嫌なら貴様も勝手に抗えばいい、それだけだ」
「はあ。わかったよ、やめろと言っても聞く気はないんだろう。じゃあ勝手にしろ」
「そうさせてもらう」
龍人のあくまでも勝手な言い草に、つい苦笑いを漏らす。
そうしながらふと思い立ち、そういえばドノドンは無事かと、辺りを見回した時だった。
「うわあああっ!」
突然の絶叫とともに一体が巨龍へと変化し、ヴィーラグアに向かって突進してきた。
その者は全身のゴウラをたぎらせ、額の角に光の刃をまとわせ鋭利な衝角と化して、襲いかかる。
ヴィーラグアはとっさに右腕を振るい、ゴウラをまとった拳で撃ち払った。
彼の数十倍もの体躯を持つ龍は、顔面を横殴りにされ簡単に倒されてしまったが、すぐに立ち上がり、ふたたび襲って来る。
さらに殴り飛ばす。
無益な攻撃が数度繰り返されたのち、他の龍人たちもようやく巨龍化し、その者を抑え込んだ。
「やめろ、ヤーゴート。これは正式な決闘だ、アスザァリムは掟に従っただけだ」
「離せ、そんなことは判っている! だから次は私の番だ、私があいつを殺してやるんだ! 兄の仇だ!」
「よせ、私怨で戦うことは禁じられている」
数体がかりで抑え付けるなか、先ほどの一体がふたたび人型へと戻り、ヴィーラグアの前に立った。
「済まぬ、決闘を汚すようなまねを」
「いや、別にいい。俺にとっては、そもそもこの決闘自体が言いがかりを付けられたようなものだ。
だがそちらの事情もあるんだろう、それは理解するよ」
地面に抑え付けられ、こちらを睨み続ける深紅の龍。
眼を向けると、その者はふたたび声をあげた。
「もう一度私と戦え! 勝負はどちらかの命が尽きるまでだ!」
首をすくめるヴィーラグアに、龍人は告げる。
「我の言うべきことは全て言った、後は貴様次第だ。
この分からず屋の娘が、貴様に勝てるとは思えぬ。生かすも殺すも好きにすればいい」
「何が好きにすればいいだ、ちっとも良くない」
そうこぼしながら、(娘? 小柄なので子供かと思ったら、雌だったのか)と、余計やり辛くなったと苦い顔をする。
「我らは、事の次第を長に報告するため、戻らねばならぬ。ふたたび見えることがあるなら、良い再会であることを祈ろう」
龍人はそう言い残すと、巨龍化し翼を一振りして、仲間とともに宙に躍り上がる。
声をかけるいとまもなく、ゴウと風を巻き起こし姿を消した。
振り返ると、既に米粒ほどになった神龍たちが、遠く北の空へ去って行くのが見えた。
「ふう」
ヴィーラグアが息を吐いて前を向いたその時、ひとり取り残されていた龍が身を起こした。
「死ねええっ!」
全身から怒りをほとばしらせ突進してくる深紅の龍を、ヴィーラグアは右肢を振り上げ容赦なく打ち倒す。
先ほどの払いのけるだけの手技とは違う、手加減など一切ない殴撃で、ヤーゴートと呼ばれた雌の龍は顔面から地に叩きつけられ、気を失ってしまった。
ヴィーラグアは「やれやれ」と息を吐き、近くの岩場に向かって声を放った。
「おーいドノドン、生きてるかー」
「……お、終わったのか」
岩の陰から、ドノドンが恐る恐るといった様子で顔をのぞかせる。
「お前、いやあなた様は……」
「話は聞こえていたか?」
「聞こえ……、いやいやいや! 盗み聞きなど滅相もございません!」
慌てて手を振るドノドンに、ヴィーラグアは眉をひそめる。
「なんだその口ぶりは、気持ち悪いぞ」
「だ、だってお前、あの神龍族の長になっちまったんだろ?」
「なった訳じゃないよ。跡継ぎを喰らっちまっただけだ」
「だけって、お前……。龍が龍を食っちまうだなんて……」
ドノドンは、目の前で起きた現実を飲み込めずにいるらしい。
無理もないことではあるが。
「いったいどうなっちまうんだ。お、お前、これからどうするつもりなんだ?」
「そうだな」
改めて周囲を見渡す。
蘇ったばかりの人間の記憶を探りながら、目に映る景色とすり合わせて、自分たちが今いる場所を再確認してみた。
東の地平にかすかに滲む山なみ、あれはカラルカ大山脈か。北面の山々は形状からカドゥナ山脈と見て取れる。自分がかつて居を構えていたのは、その東端のあたりだ。
北と西は地平まで続く平原と、タイガの森。
ということは、今自分がいるのは帝国領土のほぼ中央。帝都エクタリィンバロクは東へ約三千カマールといったところだ。
この近くに、人間の定住地はないはずだ。ここから一番近いのは、東へ百カマールほど進んだところにあるウジュネツク村か。
(ということは、先ほどの人間の群れは遊牧民、あるいは旅の者。待てよ、魔道兵が三人もいたということは、護衛付きの隊商か)
東へ向かっていたのか、あるいは西か。それは判らない。
遭遇した時は東から西へ移動していたが、あれは単に狩の最中だったからにすぎないだろう。
東ならウジュネツク村だが、西を目指していたとするなら、目的地は二百カマール先のガガールンスクか、あるいはスノルウィーグ村ということになる。
(スノルウィーグ、人間としての俺の生まれ故郷だ。
だがあの地は先の大戦で戦場となり、壊滅してしまったはずだ。再建されたのか、あるいは生き残りがいたのだろうか。
あれから、どれほどの時が経ったのだろう。
遠く離れた地で、故郷が敵に襲われ家族もみな死んだと聞かされた。俺は復讐を誓い、そして……)
その行いが、間違いだったのか否か。
神の言葉のすべてを受け入れることは出来ないが、正義などと決して呼べるものではないことは、もう判っている。
「いったん、森へ戻ろう。それから色々な種族と会って話を聞きながら、西へ向かおうと思う」
「人間界の旅はもういいのか?」
「ああ、人間のことはもう判った」
「え? そうなのか」
思い出した、とはさすがに言うわけにはいかない。
自分が知るべきなのは人間界ではなく、捷気あふれる我らが世界、タイガの森。なすべきは、そこに暮らす同胞を守ることだ。
東の方角は、人間の領域に近い。
西は戦場となったこともあって、人間はほとんどいないはずだ。
そこで種族の復興を図り、人間と関わることのない平和な国を作り上げることにしよう。
(それが、かつてこの世界を滅ぼそうとしたことへの贖罪。果たすべき使命だ)
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