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20.発火点
「じゃあ一つ目だ、神龍族のことを教えろ」
「一族の? それは別にかまわないが」
「外に知られてはいけない秘事などもあるだろうから、包み隠さずとは言わない。話せる限りでいい」
「そんなものはない。何を知られたところで、我らを害することができる者など、ありはしないのだから」
「そうか、さすがは神龍様だな」
「馬鹿にしているのか」
さすがにこれは、ヴィーラグアが悪い。
「すまん、そんなつもりはない。じゃあ、まず住処は?」
「ここからまっすぐ南、大地の裂け目を越えた向こう側の山中だ」
(ということは、チヴェタ山脈のどこかか。なるほど、人間がたやすく近づけるような場所ではないな。
帝国に存在が知られていなかったのもうなずける)
チヴェタ山脈は、大陸の中央、大地の裂け目の南面に連なる長大な山岳地帯だ。
高度については五千マール級のカラルカ山脈には及ばないものの、その広大さははるかにしのいでいる。
四千マール級の山々が、東西二千カマール南北五百カマールにもわたって連なり、東端はヴァイザル王国、南はインディアス帝国を中心とする南国界に接し、西端は西方世界にも達する。
裂け目に近い場所はもちろん、捷気の影響下にあるが、その外側にも険しい山々が連なり、万年雪に閉ざされている。
人間にとっては、ほぼ全域が未踏の地だ。
「全部で何体くらいいるんだ?」
「二百はいるかな。数えたことはないが」
「神龍族は、我ら種族を支配しているのか?」
「支配? 何のために?」
「いや、えーと。種族の秩序と発展のためとか」
「お前の言葉はよくわからん」
強者としての欲も、責任も持たぬということか。
「なるほどな。じゃあ、先の人間族との戦の時はどうしていた?」
「別に何も。我らには関係のない争いだ。
まあしいて言えば、あのならず者が少しでも痛い目を見ればいい気味だと考える者は少なくなかったはずだが、私はその者とまみえたこともないし、興味もなかった。
だがまさか、人間がやつを倒してしまうとはな。あの顛末には、みな驚いていたぞ」
神龍をも驚愕させる大事をなしたのが自分だということに、わずかに可笑しみを憶えたヴィーラグアであったが、すぐに思い直した。
(いや、あれをやったのは自分ではない。俺はただ道具にされただけだ。
すべてはあの男の謀略……)
そう思いかけて、再度自分を戒める。
己の行いの責は、己自身が負うべきだ、と。
押し黙ってしまった彼に、ヤーゴートは怪訝な眼を向けた。
「どうした?」
「いや、何でもない」
「聞きたいことはそれだけか?」
「もう一つある。俺のことをどうやって知った? いつから気付いていたんだ?」
「そうだなあ。我ら数体が近隣の見回りをしていた時に、遠くの山肌に妙な奴がいるのを見かけたのが最初かな」
「そうか、じゃあやはりあの時地平の彼方に見えた龍の群れが、お前たちだったんだな。あんなに遠くから見付けられていたとは、驚きだ」
「何を言っている、お前も私たちが見えていたのだろう? ならば、こちらがお前を見つけられないはずがない」
距離は変わらなくても、何もない空の上にいるのと、岩陰や木々の間に紛れているのではまるで違うだろう。
やはり神龍の能力は、常識では測り切れないようだ。
「じゃあ、草原でいきなり現れたのは?」
「お前の言うことは、本当に訳がわからないな。あんな途轍もないゴウラのほとばしりを、どんなに離れていたって感じられないはずがないだろう。
正直に言うが、あのならず者が蘇ったかと騒ぎになりかけたのだぞ。それで我ら兄弟が、長の命により見分に来たのだ」
「ふむ」
さすがに自分の正体、記憶や思考まで読まれてはいないらしい。
母と意識を通わせた経験から、ひょっとして同族なら思考も読み取られてしまうのではと危惧していたが、どうやらその心配は無用だったようだ。
ただ、ドノドンのそれと較べれば、やはりヤーゴートの意識は明瞭に感じられる。
人間の魔導士の中には読心の術を操る者もいたことを踏まえれば、警戒は怠らない方がいいだろう。
「大嵐に巻き込まれるか、あるいは命がけの戦闘になるかと覚悟して来てみれば、草原の真ん中に太陽のような光が見える以外は、周囲には何の異常も見られない。
状況が掴めず、気配を消して高空で監視していたが、光が消えた後に見たこともない神龍が現れた時は、本当に驚いたぞ。
一番驚いていたのは、長兄のアスザァリムだったけどな。
兄は、あのならず者を見たことがあるらしい。
あれと似ているようであり似ていないようにも感じる。正体を見極めなければならないと、あえて姿を顕わにして降りて行ったんだ」
「なるほどな。それで、お前ひとりが残ったことについては、他の者はどう思っているんだ?
あの者たちも兄弟なのだろう? よく反対されなかったな」
「別に、何とも思っていないだろう。私は末の妹で、とくに役割も与えられていないからな。
しいて言えば、強い雄と番になって子を残すことくらいだが。
容姿が優れているわけでも、力があるわけでもない。私なんかを求める者などいやしないさ。
一族にとっては、いてもいなくても良い程度の存在だ」
そう言って横を向くヤーゴートの顔を、まじまじと見つめる。
その姿は恐ろしくもあるが、決して醜いものではない。それどころか、美しいとさえ思えた。
「そうか? 俺は綺麗だと思うが。貰い手くらいいくらでもいるだろう」
「なっ!」
ヤーゴートが立ち上がる。
睨みつけてくるその顔が赤らんで見えたのは、人間の感性によるものか。
「このっ、無礼者!」
「うおっ」
いきなりゴウラの光剣で斬りつけてくるのを、飛び退いてかわす。
「逃げるな貴様っ! くそっ!」
「ぎゃああー!」
突然の乱闘に、それまで無言で聞き耳を立てていたドノドンが、悲鳴を上げて逃げ出した。
ヴィーラグアもゴウラの鎧をまといつつ、なおも襲い来る斬撃を絶妙な間合いでかわしながら、隙をうかがう。
数回の攻撃をしのいだ後、そろそろ頃合いかと、打ち降ろされる斬撃を右腕でいなすように弾き、体勢が乱れたところに踏み込んで打撃を放つ。
それを、ヤーゴートは紙一重で避けた。
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