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21.激情と折り合い
「おっ」
やるな、と思わず見せた一瞬の隙に、再び斬撃が襲ってくる。
ヴィーラグアは左腕で受け流しつつ右の拳を放つ。
ヤーゴートは後ろに跳んで逃れ、追撃を放とうとする彼を牽制するように、光剣を真っ直ぐこちらに向けて構えた。
ヴィーラグアが足を止めると、鋭い突きが襲いかかってきた。
後ろに逃れようとするが、続けて打突を繰り出し、追い詰めてくる。
退がりながら一つ、二つ。三つ目をかわしつつ前に踏み出す。
虚を突かれて体勢を崩すヤーゴートの正面に踏み込み、顔面に向けて渾身の打撃を放った。
「うらあっ!」
その拳を、ヤーゴートはなんと両腕を交差させ正面で受け止めた。
「おおっ、やるじゃないか」
「くっ」
攻撃をしのがれても余裕たっぷりのヴィーラグアに対し、ヤーゴートは衝撃で膝をついてしまう。
そこに追撃をかければ勝負は決まるというのに、思わぬ好手に喜んだ彼は、もう少しこの手合わせを楽しみたくなってしまった。
(わずかの間に、上達しているな。してみると、こいつは今までまともな訓練を受けていなかったのかも知れない。強すぎてその必要もなかったということか)
彼女が立ち上がるのを待って、攻撃を再開する。
今度は打撃に蹴り技も織り交ぜた、息つく間もない連撃だ。
予期せぬ角度から繰り出される連撃に、ヤーゴートは防戦一方。光剣を振るう余裕すらなく、受けるのが精一杯だ。
それでも両腕だけでなく脚技も駆使しての技量は、天性のものと言える。
だがやはり、本格的な格闘の経験がないことは明白だ。
(なんてことだ。神龍族指折りの戦士と思ったら、とんだお嬢様だったということか。
おいアスザァリム、妹だからって甘やかし過ぎは良くないぞ)
内なるゴウラに語りかけるが、むろん返事を期待してのことではない。
それから幾合か撃ち合ったのち、わずかな乱れを見せた隙を突いて、顔面を殴り飛ばした。
「がふっ!」
ヤーゴートは、五マールほど吹っ飛んで気を失った。
「まあこんなところか、これでまた勝ちが一つ増えたな。さてと」
辺りを見回し、隠れているドノドンを呼ぶ。
「おーい、もう出てきていいぞー」
近くの木陰から、息を荒くしたドノドンが顔を出した。
「お、お前らいい加減にしろよ。いきなり殺し合いを始めるなんて、なに考えてんだ」
「はは、悪い悪い。まあこっちは殺すつもりなんてないし、今のこいつに俺を殺せる力もないから、大丈夫だろう」
「お前が大丈夫でも、巻き添えをくう俺は命が危ないんだよ! まったく、本当になに考えてんだ。ずっとこんなことを続けるつもりか?」
「まあまあ」
ヴィーラグアはヤーゴートを担ぎ上げて運んでくると、柔らかい草の上に寝かせた。
「こいつもこいつなりに必死なんだよ。
アスザァリムとの決闘は、一族として正当なものだった。でも兄を殺して喰らった俺のことは、憎まずにいられない。
だから勝てないとわかっていても挑み続けることで、自分の中で折り合いを付けようとしているのさ」
「にしたって、神龍族ってのはこんな狂暴な奴ばかりなのか。それにこの姿、眠っていても恐ろしい」
「そうか? きれいだろ?」
「はああっ?!」
きれい……、確かにきれいだ。それに最初の印象と違って、話してみれば意外と素直だし。
異性として好ましくないと言えば嘘になる。
ヴィーラグアは、ヤーゴートの寝姿を見つめながら考えた。
自分という存在は、龍と人間のどちら側に立っているのだろうか、と。
(記憶を取り戻したことによって、俺はかつて人間であったことを知った。
勇者として種族と戦い、魔王を滅ぼしたのも、紛れもない事実だ。
自分はアーリィ・ヴァルロシャークという名の人間だった。
だが記憶は繋がっていても、今の自分に人間だという感覚はない。あの姿を思い浮かべても親しみなど感じないし、むしろヤーゴートの容姿を好ましいとさえ思っている。
そう、今の俺にとって、人間の記憶はただの知識でしかない。
俺はベデルグ・ティニンアラバルの子、ヴィーラグア・ベデルガだ)
「きれいって、まあ醜くはないしそれなりに整ってはいるけど。でもやっぱ恐ろしい方が先だな。
それにしても、お前もずいぶん変わったな」
「そうか?」
「そうだよ。姿形が違うのはともかく、以前の龍の姿の方が図体はデカかったけど、ケンカしても負ける気はしなかった。まあ負けちまったけどな。
でも今のお前は、なんというか迫力が桁違いだ。正直言って、眼を合わせるのも怖いくらいだぞ」
「ふうん、まあ少しは成長した自覚がないわけじゃないけど」
「成長なんてもんじゃないだろ、まるで別格だよ」
(別格か。たしかに、勇者アーリィのゴウラも取り戻したからな。
それに意識も、赤子のぼんやりとした感覚ではなく、明瞭な意思を発揮できている。
そうだ。これは単なる知識や経験だけではない、アーリィという人格そのものがよみがえっているんだ。
だがやはり、感性は龍のものに違いない……)
つい先ほどまで、龍であるとの確たる自覚があったはずなのに、考えるほどに混乱してきた。
(龍と人間。自分の中で折り合いを付けなければならないのは、俺も同じか)
その日は、陽も傾いてきたことだしこのまま休んでしまおうということになった。
ドノドンは「寝込みを襲われたらどうすんだよ」と心配したが、ヴィーラグアは一笑に付した。
「まさか、そんな卑怯なことは神龍様の矜持が許さないだろう」
「うーん、そりゃそうかも知れないけど。やっぱこいつの隣で眠れる気がしない」
と、近くの樹に登って行く。
―――※―――※―――※―――
翌朝、平穏無事に日の出を迎えることができた三体は、再び歩み始める。
ヤーゴートはあいかわらず無言でついて来るが、昨日の惨敗の悔しさで朝から狂いそうなほど荒れているのが、ゴウラの乱れで感じ取れる。
それは、さほど鋭敏ではないドノドンにも伝わるらしく、背中に向けられる殺気でずっと泣きそうな顔をしていた。
ともあれ、三体は沈黙のまま森を進み、前回立ち寄った湖の近くまでやって来たのだが。
「なんだ? 妙にざわついているな」
「なにか騒ぎになっているようだ、少し急ごう」
「おう」
意識を広げると、前方の森の中に無数の獣の気配が感じられる。それもこれまでに出会った獣たちとは異なる、どうやら新たな種族のようだ。
しかもその数、おそらく千は優に超える大群だ。
ヴィーラグアたちが駆け出すと、その動きに反応したのか、気配が集まってきた。
「来るぞ、気をつけろ」
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