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22.黒の脅威
その言葉が終わらぬうちに、樹上から数体の獣が降って来た。
正体を見極めるまでもなく、あからさまな殺気をまとって襲い来る影。
ヴィーラグアとヤーゴートはゴウラの光刃を閃かせ、ドノドンも剛爪を振るって、冷静に敵を屠る。
足元に転がる屍に、それぞれが声をもらした。
「黒猴《くろざる》だ」
「鼠猴《ムシィヴィグ》だな」
「ふん、黒猴《アズゲルドゥ》か」
ドノドンが種族の言葉で、ヴィーラグアはロスコア語、ヤーゴートは神龍語だ。
「え? ムシ……なんだって?」
「あ、いや何でもない。そうだ黒猴だ」
「無駄話している場合じゃない。また来るぞ」
三体の強さにたじろいだのか、わずかな隙を見せたものの、続いてさらに多くの黒猴が前後から襲ってきた。
「やっかいな奴らに狙われたな」
「ちくしょう、どっから湧いて出たんだ!」
黒猴族は、ヴィーラグアも人間として何度か相手にしたことがある。体形は猴だが顔つきは鼠に似ているため、ロスコアでは鼠猴《ムシィヴィグ》と呼ばれていた。
小柄で一体一体はさほど強力ではないものの、群で行動することが多く、統率のとれた集団戦が特徴だ。
これを率いるのが、数少ない大型の個体。こちらは別種かと思うくらい体格が大きく、単体でも黒牙狼なみの戦闘力を発揮する。
加えて知能も高く、小猴を指揮して十頭前後から数十頭もの集団を作るのだ。
先の大戦の時は、勇者アーリィは単独行動が主だったので、どんな大群であろうとも払い退けて突き進めば良いだけだったが、集団での防衛戦となれば話は違ってくる。
こちらも組織的に対応する必要があった。
「味方は湖に集まっているはずだ。急ごう」
「わかった」
ドノドンの言葉に、ヴィーラグアとヤーゴートもうなずく。
三体は襲い来る敵には眼もくれず、進路を阻む者のみを蹴散らしながら、一塊となって森を疾走した。
ほどなく湖畔に出ると、そこには予想通り、大勢の獣たちが集まっていた。
ヴィーラグアたちが通ってきた北側は、まだ敵は手薄だったようだ。西面の方で本格的な戦端が開かれているのが、遠目に映った。
「あっ、ドノドン」
後方で戦いを見ていた黄熊族の一体が、彼らに気付いた。
「おい、どうなってんだ。何があった」
「ドノドンだ! おいみんな、ドノドンが戻ってきたぞ!」
「大首領が?!」
「もう大丈夫だ! ドノドンが帰ってきた!」
「ドノドンだ!」
「おおーっ!」
「ドノドン!」「ドノドン!!」「ドノドン!!!」
「うるせー! 誰か説明しろーっ!」
毎度のことなのだろうが、ドノドンは一向に話を聞こうとしない仲間たちに腹を立て、怒鳴り散らした。
「おい、戦闘中にこいつらは何をやっているんだ?」
お祭り騒ぎの獣たちを前に、ヤーゴートはいぶかしげな声をもらす。
「ああ、頼りになる首領様が戻って来たので、喜んでいるんだよ」
「頼り? お前のことか?」
「いや、ドノドンだ。実をいうと、この俺も森の大首領の子分なんだ」
「はあ?」
ヴィーラグアはクスリと笑って、前に出る。
「みんな、静かにしてくれ。俺たちは今戻ったばかりで状況がわからないんだ。誰か説明してくれないか」
すると、今さらのようにヴィーラグアとヤーゴートの姿に気付いた獣たちが、しんと静まり返った。
「おい、なんだあいつは」
「龍族か?」
「どこから来たんだ」
「ドノドンが連れてきたのか」
「あの姿、ひょっとして神龍族じゃないのか」
「まさか、神龍族なんて本当にいるわけが」
「しかも二体だなんて」
「でも、ドノドンと一緒に来たぞ」
「ドノドンなら、いやまさか」
(しまったな、前回とは姿が違うんだった。ここでうかつに大声なんか放ったら、大恐慌に陥りかねないぞ)
と、さすがのヴィーラグアも言葉を詰まらせてしまう。
すると、群をかき分けて一体の黒熊が進み出た。
「ドノドン」
「おお、カエチャ。無事だったか」
「あなたこそ」
そう言いながら、ドノドンに抱きついてくる。
「お、おう」
ドノドンもぎこちなく背中に手を回す。
その様子に、ヴィーラグアとヤーゴートは思わず顔を見合わせた。
「と、ところで何があったんだ。あの猴どもはなんだ」
「うん」
名残り惜しげに身体を離しながら、カエチャと呼ばれた黒熊は話し始めた。
「ドノドンたちが出発して何日か経った後、西の方角からたくさんの獣たちが流れてきたの。
とても慌てた様子で、話を聞いたら黒猴の群に追われて逃げて来たって。その後からあいつらがやって来たんだよ」
「そうか」
「みんなすぐに集まって、必死に戦ったんだけど、だんだん押されて。とうとうここまで」
「そうか、よく頑張ったな」
「敵の中に、頭となる大型の奴がいるはずだ。そいつを叩けば劣勢を覆せるはずだが。それらしい者は見なかったか」
「きゃっ」
カエチャは、横から顔を寄せるヴィーラグアに小さく悲鳴を上げかけたが、気を取り直して答えた。
「うん、いたよ。でも一頭だけじゃなく何頭もいて、そいつらには誰もかなわないの。
あの、ところでこの方は?」
「ん? ああ、姿が変わっちまってるが、龍のヴィーラグアだよ。驚いたことにこいつ、神龍族だったんだよ」
「神龍族? じゃあ味方なの?」
「ああ、もちろんさ。なっ?」
仲間を安心させようという意図なのだろう、やや大仰に手を挙げるドノドンに、ヴィーラグアも自信たっぷりに胸を張る。
「ああ、俺は大首領ドノドンの子分、神龍のヴィーラグアだ」
「神龍……」
「やっぱり神龍族だ」
「ドノドンが神龍族を連れてきた」
ざわつきが、安堵の声へと変わる。
「みんな安心しろ。黒猴なんか、何頭だろうが何十頭だろうが大した問題じゃない。俺たちが全部始末してやるから、待っていてくれ。
さあいくぞ、ヤーゴート」
「いやだ」
「なんだと?」
「どうして私が、下等な猴ごときを相手にしなければならない。私には関係のない争いだ」
傲然と言い放つヤーゴート。
対するヴィーラグアは、あっさりと告げる。
「なんでって、決まってるだろう。負け一回分だ」
「ちくしょう、殺してやる!」
「ぎゃあー!」
「龍が怒ったー!」
ただでさえ恐ろしい深紅の龍が放つ嵐のような怒気に、獣たちは辛うじて保っていた理性をついに投げ出し、悲鳴を上げて逃げ惑う。
想定外の惨事に、ドノドンも慌てて声をあげた。
「おいみんな、道を開けろ! 神龍が前に出るぞ!」
「いらん!」
ヤーゴートは吐き捨てるように叫ぶと、背中の翼を広げた。
ヴィーラグアも苦笑しながらそれにならって翼を広げ、ゴウラの光をまとう。
二体の龍は、数千はいるであろう味方の頭上を一気に飛び越え、最前線の上空に躍り出た。
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