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23.最前線
「蹴散らすぞ。小物は無視して、大型の個体だけを仕留めろ。その中に、本当の頭がいるはずだ」
「ふん」
横を向くヤーゴートを残し、ヴィーラグアは右手に向かう。二手に別れた神龍は、敵群の中に一目でそれと判る大猴に、狙いを定めた。
上空から見渡せば、戦況は一目瞭然だ。
最前線で戦っているのは、ドノドンの一族である一角熊を中心とした大型種だ。熊以外にも、虎に似た猫族や犬族もいる。
熊や虎は戦闘力で勝るものの、やはり軍隊並みに連携のとれた敵軍には手を焼いているようだ。
その一方で、集団戦に長けている犬族は、互角の戦いを繰り広げている。
黒猴側は数体の小型猴が一組となって、こちらの大型獣に当たっている。一組で手に余ると見れば二組、三組と数を増し、それでも敵わない強者には後方で指揮をとっている大猴も参戦して、数と力を集中して確実に削っていく戦法だ。
味方の獣たちも数体で協力すれば、そう簡単にやられないはずなのだが、見たところ個々が好き勝手に暴れているだけで、周囲に気を配る余裕はなさそうだ。
これほどの規模の戦闘となると、指揮官の存在はやはり大きい。
「うーん、思った通りの展開になってるな」
劣勢を覆すのは、おそらく簡単だ。
数の少ない大型猴さえ始末すれば、組織的な戦闘は困難となり小猴たちは戦意を失うだろう。
事実、左手を見れば、一足先に突入したヤーゴートが敵軍に大混乱をもたらしている。
ヴィーラグアはクスリと笑って、自分も遅れをとるわけにはいかないと、戦場に降下して行った。
―――※―――※―――
敵陣の只中に降り立ったヤーゴートは、最初の大型猴を一撃で屠った後、ゴウラの光剣を無造作に振るいながら、落ち着いた足取りで群の中を闊歩していた。
猴たちは、深紅の偉容から放たれる覇気だけで恐慌に陥ってしまい、立ち向かうどころか逃げ惑うばかりだ。
光剣の餌食になるのは、味方の猴に前をふさがれて逃げ損ねた者のみ。それは戦いと呼べるようなものではなく、単に邪魔者を排除するだけの作業に過ぎなかった。
「くそっ、なんで私がこんな下らないまねを」
雑用を押し付けてきたヴィーラグアに対する憤りが、さらなる怒気となってほとばしる。
悲鳴をあげて逃げ惑う小猴たち。それを押しのけるようにして、一体の大型猴が現れた。
「邪魔だ」
払い飛ばすように斬り上げるヤーゴートの光剣を、だが大型猴は右腕で受け止める。
漆黒の体毛に紛れて見落としたらしい。眼を凝らすと、大型猴は全身に曙光のような暗い光をまとっているのが映った。
ゴウラの鎧だ。
「生意気な!」
光剣に烈気を込め、連撃を放つ。
大型猴はそのすべてを受け切ったが、反撃するほどの余裕はないようだ。苦鳴を漏らしながら、ジリジリと後退して行く。
ヤーゴートが剣先にさらなるゴウラを注ぎ込み、上段から振り下ろすと、黒の鎧はついに破れ、大型猴は二つに裂かれて倒れた。
「この程度の獣に手数を使うとは、あいつに知れたら笑われてしまうな」
やはり、自分は弱い。
空を見上げ『あいつ』の姿がないことにホッとしながら、そんな自分を余計に情けなく思ってしまう。
気を取り直し、進もうとしたヤーゴートの前に、数体の大型猴が姿を現した。
今度は油断せず、相手の気を探る。どの大猴も、先ほどの者より格段に強いようだ。
ならばこちらも、本気を出してやろう。
ヤーゴートが光剣を構えるのに呼応するように、大型猴も気をほとばしらせて構えを取る。
先ほどの猴にはなかった長い爪が、ゴウラの光をまとい黒い光剣と化すのが見えた。
「来い、寸切りにしてやる」
―――※―――※―――
戦場に降り立ったヴィーラグアは、最初の一体を倒すと続けて意識を広げ、大型猴の気配を探った。
標的を定めると、行く手を阻む小型猴には目もくれず、光剣すら振るわず文字通り蹴散らしながら、一直線に走る。
それだけで猴の群は恐慌状態となり、戦線を乱してしまう。
大型猴の中には、より上位の者もいるらしく、ゴウラの鎧をまとい長い爪や牙を剣のように振るって戦いを挑んでくる。
だがしょせん、歴戦の勇者であるヴィーラグアの敵ではなく、数合の撃ち合いで決着はついた。
そうして十数頭を屠ったところで、ようやく息をつく。
猴たちの勢いは衰え、じりじりと後退し始めている。この様子なら、森の獣たちが劣勢をくつがえすのにそう時間はかからないだろう。
(ヤーゴートは、上手くやっているかな)
おそらく不満を吐き散らしながらも、言いつけ通りに大暴れしていることだろう。振舞いは粗暴に見えても、根は素直な娘だ。
あいつは可愛いな。と、彼女の怒りに歪んだ顔を想像しながら、気配を探れないものかと振り返って意識を向ける。
と。
(があああっ! あああああっっ!)
脳裏に響いて来たのは、彼女の意識が放つ苦鳴だった。
「ヤーゴート!」
翼を広げ、上空へと舞い上がる。
いつの間にこんなに離れていたのか。広い戦場を見渡し、彼女の姿を認めると一気に飛び込んだ。
落石のような地響きとともに突然降り立ったヴィーラグアに、小猴たちは悲鳴をあげて逃げ惑う。
だが大型猴は動じるそぶりを見せず、佇んだまま。十数体のそれらに囲まれて、地面に横たわったヤーゴートが苦しみ悶えていた。
胸の中心を、黒い大槍に貫かれて。
「なにっ」
まさか、龍族の中でも最強と呼ばれる神龍が、猴族ごときにやられるなんて。
「しっかりしろ!」
周囲の敵には眼もくれず、ヴィーラグアはひざまずくと彼女を抱き起した。
そして大槍に手をかけようとして初めて、気付いた。
(実体ではない。これは、ゴウラで作った武具なのか!)
見た目は焼き締めた黒鉄そのもの、だが触感は明らかに現実のものではない。
とはいえ、思念で練り上げたものに手で触れられるほどの力を込められるということ自体が、信じがたい脅威と言える。
槍を掴んだ手にゴウラを集中すると、それはあっさり崩れ去った。
身体と精神を苛んでいた物が消え、彼女は意識を失った。
一安心と言いたいところだが、掌に残る違和感がそれを許さない。黒槍が消滅したのは、自分の力によるものではなく、勝手に消えただけなのだ。
「クク……」
不気味な含み笑いが響く。
ヴィーラグアは静かに立ち上がると、声の方へ振り返った。
「これはこれは、こんな辺鄙な土地で神龍のお方にお目通りかなうとは驚きでしたが、もう御一方いらっしゃったとは。
まさに僥倖。ククク……」
「お前がやったのか」
「もちろん、それがなにか?」
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