エピローグ

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エピローグ

アンコールの曲をひとつずつ紡いでいく。 歌うたびに想い出がこぼれてくる。 あと一曲 俺が歌ったら あのフレーズを 陸が弾いたら 俺たちは違う道を進み始める。 八巡目の夏が、終わる。  拍手喝采の中で俺は呆然と佇んでいた。全てが終わったら潔くステージを降りるって決めたのに、足が動かない。まだここにいたい。 達成感? いや まだ足りない あと一回だけ 陸と 皆と一緒に 陸が俺の隣に立ってマイクを奪った。 「お願いです。あと一回、こいつと……、瑛二と弾かせてください」 会場は大盛り上がりだが、持ち時間は限られている。既に二度のアンコールで超過(オーバー)していた。咄嗟にスタッフを探すと、彼らは笑顔で親指を立てた。 陸のヤツ 話つけてたな 「ありがとう!」 くしゃっと子どもみたいに笑って、陸はマイクをスタンドごと袖に寄せた。 何のつもりだ (いぶか)しく思う俺をよそに、陸がアドリブでリフを弾き始めた。カッティングの小刻みな音色と手拍子が響き、ナルのベース音が重なる。呆気に取られる俺を観客が笑顔で取り囲み、鷹之もリズムを刻み出す。陸が俺に目配せした。 『瑛二。来いよ』 弾くって 何を そう思った時、忘れようとも忘れられない旋律が聞こえてきた。俺たちの第二の原点とも呼べる曲だ。 そういうことか 視線を返すと、俺は呼吸を合わせて陸のギターに音を重ねた。わあっとどよめきが起きて、その興奮が俺にあの日の高揚感を呼び起こした。 『俺もお前も目立ってナンボ』 『おう』 拳を突き合わせて気合いを入れたあのステージ。 初めて挑んだロックフェスで、柄にもなく二人とも震えてた。俺たちは向かい合い、会話するように弦を(はじ)く。ここしばらく封印していたツインギターだった。少し長めのイントロのあと、会場が俺の代わりに歌い出した。 俺 今だけは弾いていいんだな 温かいものに背中を押され、肩の力が抜けた。 これからの不安も陸の泣き顔も、今は全部忘れていいんだ。何百回となく陸と奏でた音は体に染み込んでいる。俺はただ指先に委ねればよかった。体がひとりでに揺れる。弦がうねり、腹に響く。限界寸前の高音が心地よくてたまんない。目を閉じて酔っていると、陸が仕掛けてきた。 俺のソロパートを弾き出したのだ。 この野郎 ただでさえサプライズだってのに 陸がにやりとするのを俺は見逃さなかった。少し腹が立ったが、昔と同じ笑顔に免じてチャラにしてやる。最後に陸が笑って終われるなら、俺はもう何も要らない。 慣れない相手のパートを、意地で食らいついて俺が弾き終えると、また同じメロディを二人でハモった。ずっと聞こえてくる歌声はもう一度サビを繰り返す。 自分の作ったもので誰かがこんなに熱狂するなんて。大切なヤツを笑顔にして、自分自身がこんなに勇気を貰うなんて。 だから これが最後だ さっきまでなかった感情が込み上げた。 Am7(マイナーセブン)のコードを重ねると、俺は陸と肩を組んで深々と頭を下げた。歓声と拍手は鳴り止まない。陸の満足そうな横顔に安堵して、腕に力を込めた。 「お前なぁ。無茶するからハモリがユニゾンになっちまっただろーが」 「いいだろ。今夜だけの貴重なテイクだ」 陸は笑ったが、すぐに顔を(ゆが)めて俺にしがみついた。 「瑛二、サンキュ」 礼を言うのはこっちだ バカ 震える声に(こた)え、俺は何度か陸の背中を叩いて抱擁を返した。 最後のアンコール。 俺はこの夜を忘れない。 お前と歩いたこれまでの日々も、絶対に。
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