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ドアが開いて陸が入ってきた。
「瑛二。ここにいたのか」
「ああ。浸ってた」
「デビューが決まってから初のライブだ。凱旋パレードの気分だよ」
陸は上機嫌だ。熱っぽいギターを鳴らすくせに、甘い容姿で女性ファンも多い。
『瑛二には敵わないよ』
そう言って笑うけど、そこで張り合うほど俺だって身の程知らずじゃない。こいつには華がある。陸の演奏を映像化したら、たちまち話題をさらうだろう。
このバンドには陸が必要だ。俺よりも。
「何かあったのか」
出し抜けに尋ねられて言葉に詰まった。
「いや。何で」
「夢から覚めたような顔してるから」
高校からつるんでるだけあって、俺のことはお見通しってわけだ。陸には隠せない。早く伝えないと。
「そんなことねえよ。あんな歓声聞いたら酔うだろ」
「ははっ。だよな」
陸のこんな嬉しそうな顔を見るのは久しぶりだ。
俺はこいつの夢を壊してしまうんだ
そんな感傷が理性を邪魔してくる。
ステージがはねたら話そうと思っていたのに、いざとなると怖気づく。何度も先送りした言葉を俺はまた飲み込んだ。
俺たちをスカウトしてきた遠藤は眼鏡をかけた小柄な男だ。見た目はインテリ風で、そんなスカしてて俺らのロックがわかんのかよって思ったが、意外と目が利く侮れない奴だった。
『曲は誰が作ってるの』
『俺です』
『ふうん。瑛二くんの声もいいよね。陸くんをリードギターに据えて、君は歌と作曲に専念しなよ』
『は?』
売れる要素や戦略には詳しいんだろうが、上から目線なのが気に食わなかった。ツインギターで二人がハモる曲だって人気がある。こいつの目は節穴じゃねえのかとも思った。
それでもプロの世界を知らない俺たちは、素直にそれも視野に入れて話し合った。なあなあでやって来た仲じゃないけど、ドラムの鷹之とベースのナルは、さすがに気まずそうに陸を選んだ。
『オッケー。決まりだな』
仕方なく俺は明るく言った。
『俺は瑛二のギター好きだよ』
陸が助け船を出してきた。こいつに敵わないのは俺自身が一番よくわかっている。その言葉がただの慰めじゃないこともだ。
『俺とお前は役割だけじゃ語れない』
『サンキュ』
『好みの問題だろ』
動揺も悔しさも少なからずあったが、自分にはまだ歌がある。未練を押し殺してヴォーカルに専念した矢先のことだった。
行き止まりだ
歌が歌えなくなる。今さらギターにも戻れない。何より仲間に迷惑はかけられない。
俺は自分の居場所を見失っていた。
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