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「お前、声が(かす)れてねえか」 音合わせのあとで陸が声をかけてきた。俺の声が元から(しわが)れてるのは承知の仲だ。うだうだしている間に時間ばかり過ぎていく。もう逃げられないと思った。 「ああ。何か引っかかるんだよな」 「こないだの結果は」 「そういや来てたかも」 「呑気だな。何かあったらどうすんだよ」 「デビュー前あるあるー。病気が見つかる。女関係を切らされる。金回りが良くなる」 俺の悪ふざけに鷹之がゲラゲラ笑っている。 「女なんかいねえだろ」 「俺には陸だけだ」 「出た。瑛二と陸の八年愛」 どこから話そうか 軽口を叩きながら考えていた俺は、不意に胸ぐらを掴まれた。そのまま壁際に押しやられる。 「何だよ」 「いい加減にしろよ。何を隠してる?」 陸の眼差しが苛立ちを伝えてきた。俺は乾いた喉に唾を飲み込み、目を逸らした。 「隠してねえよ。タイミング逃してるだけだ」 「これからって時に、お前……」 「俺は行けない。誰か歌える奴を探してくれ」 思っていたよりも陸は何か勘づいてる。咄嗟に(ひる)んでしまって、独りよがりの結果から唐突に告げた。案の定、陸は俺の襟元を握りしめたまま唖然とした。 「はあ? 何言って……」 「喉にタチの悪いモンが出来てて、もう今までみたいに歌えなくなる」 「……嘘だろ」 思わずこぼれた言葉だとわかったが、俺は苛立ちを隠せずに勢いよく陸の腕を振り払った。 「こんなんで嘘なんか言うかよ!」 つい大きくなった声に、鷹之とナルがぎょっとして俺を見た。陸は両腕をだらりと下げたまま立ち尽くしている。 「瑛二。どうした」 鷹之が近づいてきた。こんなふうに言うつもりじゃなかった。まず陸に話して先のこと相談して、それから二人に話そうと思っていたのに。不用意に口にした言葉は予想以上に俺と陸を(えぐ)ってしまった。 「癌だって。俺、歌えなくなるんだ」 誰も答えない。静けさにいたたまれなくなった。 何でもいい、何か言って欲しかった。 「聞いてるか。誰か他に……」 「勝手に決めてんじゃねーよっ」 衝撃を感じると同時に俺は床に倒れていた。左の頬が熱くて、体を起こすと目眩がする。口の中に血の味が広がった。 「陸!」 鷹之が陸を羽交い締めにしているのが見えた。 手の甲で口元を拭って見上げると、今にも泣き出しそうな陸と目が合った。 「俺が聞いたのは体のことで、お前が辞める話じゃない。何で相談してくれなかった」 「(わり)い。俺もどう切り出していいかわかんなかった。全部ぶち壊しだって思ったら」  皮肉だが、やっと言葉にできた安堵が広がる。 「ごめん」 勢いを失くした陸がよろよろと俺に近づいて、(すが)るようにしがみついた。 「お前がいないなんて、考えられない」 俺だってそうだ。ずっと一緒にやってきた。このメンツ以外での音なんて想像もできない。 だけど、ギターの件が(よみがえ)る。今度は声だ。 自分は ここに必要なんだろうか 陸の腕の中で、俺はひどく冷静にそんなことを考えていた。
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