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装備を揃えるためのスポーツ店が開くのは十時、準備して山に行ったら午後になりそうなので、岩木山に行くのは明日にしよう、ということになった。
なので、スポーツ店で装備を揃えたあとは、私の趣味に付き合って貰うことになった。
佐倉さんが聞き上手なのをいいことに、私は勝手に喋りまくりながら聖地巡礼をしていった。
「いや、でもこうして誰かと一緒に行けるなんて思わなかった。殴らせてもらった彼氏には感謝しかない」
太宰治が通ったという喫茶店。私は酷いことをいいながら、アップルパイとコーヒーの写真を撮った。
佐倉さんは写真を取らない。スマホの電源は切ったままのようだ。
「ねえ、葉月さんは、この旅が終わったら、彼氏とやり直すの?」
ふと、佐倉さんはコーヒーに口をつけながら、静かにたずねた。
私は、小さく笑った。
「無理かしれないなー。ホントはまだ好きだけど。もう何回も浮気されてるし、もういいかな。ってか、寧ろ向こうのほうが、殴ったりする女はもう勘弁って思ってそうだし」
「そう」
佐倉さんは頷いて、下をむいた。
「私は、どうしようかな。でもやっぱりこんな事したのは許して貰えないよね」
佐倉さんの目線は、買ったばかりの登山用スニーカーを向いていた。
荷物も服装も全部恋人のもので、靴だけは自分のものというアンバランスさが、佐倉さんの揺れる気持ちを物語っているようだった。
私は何も言えなかった。何もいう資格なんて無いのだ。
〜〜〜
明日早めに岩木山に行くので、レンタカーの手配をし、早めに夕食をとってホテルに戻った。
「明日早いからあんまりたくさんは飲めないけど」
そういいながら、佐倉さんは日本酒を取り出した。
「私日本酒好きなんです。青森なら絶対田酒か豊盃飲まなきゃって思ってて。……あ、でも……葉月さんは日本酒……」
「あ、ちょっとなら!」
正直あんまり日本酒は好きじゃないけど。でも日中は私の趣味に付き合ってもらっちゃったので、思いっきり断るのも断りづらい。
私が日本酒のお猪口を受け取ると、佐倉さんはぱっと明るい顔になった。
「へへ、飲み比べしたいと思ってて。あ、もちろん飲みすぎないようにするけど」
「う、うん。ホントにちょっとだけ、ね」
私はお猪口にほんの少しだけ日本酒を入れてもらった。お酒はあまり強くはないし、日本酒はちょっと苦手だ。
ちび、と舌を乗せると辛めの刺激が伝わった。ゆっくりと味わったらかえって無理そう、そう思って一気に飲むほす。
「わあ、葉月さん飲めるじゃん」
佐倉さんが嬉しそうに声をあげるので、つい調子に乗って、もう一杯だけ入れてもらった。
そして、その一杯を飲んだらどうしても眠くなってしまい、先にベッドに横にならせてもらった。
「大丈夫、ちゃんと朝起こすから」
そう言う優しい佐倉さんの声を聞きながら、私は眠りに落ちていった。
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