浮気されて山に登る

3/6
前へ
/6ページ
次へ
 装備を揃えるためのスポーツ店が開くのは十時、準備して山に行ったら午後になりそうなので、岩木山に行くのは明日にしよう、ということになった。  なので、スポーツ店で装備を揃えたあとは、私の趣味に付き合って貰うことになった。  佐倉さんが聞き上手なのをいいことに、私は勝手に喋りまくりながら聖地巡礼をしていった。 「いや、でもこうして誰かと一緒に行けるなんて思わなかった。殴らせてもらった彼氏には感謝しかない」  太宰治が通ったという喫茶店。私は酷いことをいいながら、アップルパイとコーヒーの写真を撮った。  佐倉さんは写真を取らない。スマホの電源は切ったままのようだ。 「ねえ、葉月さんは、この旅が終わったら、彼氏とやり直すの?」  ふと、佐倉さんはコーヒーに口をつけながら、静かにたずねた。  私は、小さく笑った。 「無理かしれないなー。ホントはまだ好きだけど。もう何回も浮気されてるし、もういいかな。ってか、寧ろ向こうのほうが、殴ったりする女はもう勘弁って思ってそうだし」 「そう」 佐倉さんは頷いて、下をむいた。 「私は、どうしようかな。でもやっぱりこんな事したのは許して貰えないよね」  佐倉さんの目線は、買ったばかりの登山用スニーカーを向いていた。  荷物も服装も全部恋人のもので、靴だけは自分のものというアンバランスさが、佐倉さんの揺れる気持ちを物語っているようだった。  私は何も言えなかった。何もいう資格なんて無いのだ。 〜〜〜  明日早めに岩木山に行くので、レンタカーの手配をし、早めに夕食をとってホテルに戻った。 「明日早いからあんまりたくさんは飲めないけど」  そういいながら、佐倉さんは日本酒を取り出した。 「私日本酒好きなんです。青森なら絶対田酒か豊盃飲まなきゃって思ってて。……あ、でも……葉月さんは日本酒……」 「あ、ちょっとなら!」  正直あんまり日本酒は好きじゃないけど。でも日中は私の趣味に付き合ってもらっちゃったので、思いっきり断るのも断りづらい。  私が日本酒のお猪口を受け取ると、佐倉さんはぱっと明るい顔になった。 「へへ、飲み比べしたいと思ってて。あ、もちろん飲みすぎないようにするけど」 「う、うん。ホントにちょっとだけ、ね」  私はお猪口にほんの少しだけ日本酒を入れてもらった。お酒はあまり強くはないし、日本酒はちょっと苦手だ。  ちび、と舌を乗せると辛めの刺激が伝わった。ゆっくりと味わったらかえって無理そう、そう思って一気に飲むほす。 「わあ、葉月さん飲めるじゃん」  佐倉さんが嬉しそうに声をあげるので、つい調子に乗って、もう一杯だけ入れてもらった。  そして、その一杯を飲んだらどうしても眠くなってしまい、先にベッドに横にならせてもらった。 「大丈夫、ちゃんと朝起こすから」  そう言う優しい佐倉さんの声を聞きながら、私は眠りに落ちていった。  
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加