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「私の恋人、別な女と入山自殺しようとしてたみたいなの」
一旦ホテルに戻った私達は、ホテル備え付けの安っぽいティーパックのお茶を飲みながら向かい合っていた。
佐倉さんはお茶のコップをくるくる回しながら、そんな衝撃事実を語りだした。
「浮気されてたのもショックだったけど、あの人が死のうとするほど悩んでいたのに気づかなかったのもショックだったし、その心中相手として選んだのが別な人だった、っていうのがショックだった。私じゃないんだ、私は選ばれなかったんだって」
そう言って、佐倉さんはリュックやジャンパーなど、恋人から盗んできたという一色を死んだような目で見つめた。
「馬鹿みたいだよね。死ぬためにこんな高い装備備えてさ。山で自殺とは捜索しなきゃダメだから他人に迷惑かけまくりだし。ホントバカな人。
夜中に遺書書いてるの見つけて、それで全部知って、喧嘩して、装備盗でやる!そしたら入山自殺なんか出来ないだろ!!って叫んで逃げてきたの」
一気にそう言うと、佐倉さんは下を向いた。
「でも、どうしよう。よく考えたら装備盗んできたけど別な方法で心中しちゃってるかもしれない。怖くてスマホ見てられないの。もしあの人が死んじゃってたらどうしようって思ったら、思わず私も山に向かって……」
「バカ!!」
私は思わず言った。
「バカ!!バカ!!佐倉さんが山に行ってどうするつもりだったのよ!!まさか後追い自殺でも考えた!?バカ!!」
「だ、だってぇ」
語彙力の無い私の罵倒に、佐倉さんは泣きそうだ。私は佐倉さんに、電源を切ったままのスマホを握らせた。
「とりあえず確認すればいいでしょ。その恋人が死んでるか生きてるか。ラインの一つでも送って既読になりゃ生きてるでしょ!それくらいしてから切羽詰まれよ!」
「で、でも今深夜……」
「とりあえず電源入れる!そんで送る!!」
私の凄みに、佐倉さんはびくびくしながらスマホの電源を入れる。
「あ、あの、三十分前に着歴が、あと五分前に私にどこにいるかってたずねるラインが入ってました……」
「生きてるじゃん!!」
なぜか私はドヤ顔になった。
「だいたいね、私は心中するやつは大嫌いなのよ。誰かと一緒に、なんて勝手すぎじゃない」
「あ、あの、葉月さんの大好きな太宰治は心中で死んでるんじゃ」
「それとこれとは別なの!!」
私の剣幕に小さくなっている佐倉さんを、私は抱きしめた。
「佐倉さん、悲しかったんだね」
「うん。悲しかった」
「大事な人なんだね」
「うん。大事」
「私はよくわかないけど、やっぱりなかなか出会えないの?その……同じ性?の人に……」
「そうなの。だから、この人を逃したらもう二度と恋人が出来ないって追い詰められちゃうの」
そう言って、佐倉さんはボロボロ泣きながら、ちらりと女性用のジャンパーを見つめた。
佐倉さんの恋人が、女の人だというのは何となく察していた。
ジャンパーが明らかにサイズが小さめの女物だったのだ。
「人を好きになって、そしてその人もたまたま女性を好きだなんて、すごい確率じゃんって思っちゃって」
「そっかそっか」
私は佐倉さんを撫でる。
佐倉さんは少し上目遣いで私を見てくる。
「だって、今葉月さんに優しくされて好きになりそうだけど、でも葉月さんは対象男の子だもんね」
「うーん、そうだねえ」
「やだぁ、振られたぁ。やっぱり死ぬぅ」
「バーカ」
少し笑いづらい冗談が言えるようになってきたようで私はホッとした。
「いっぱい泣いて、そして寝よう。明日、行ける?」
「うん、さっき途中まで一回行ったから運転は任せて」
「そりゃ助かるわ」
嫌味ったらしく、でも笑いながら私は言った。
明日の天気は晴れのはずだ。
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