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次の日、天気予報どおりの良い天気だった。
九合目まで車とリフトで向かう。
歩いて登る距離はそんなにないはずだけど、素人の私達にとっては思った以上にハードは道のりだった。
途中にピンクっぽい紫っぽい小さな花が咲いてたけど、それが何の花なのか分からなかった。何もわかないけど、キレイだね、とお互いに笑いながら行くのは楽しかった。
頂上に着くと、神社のようなものが見えた。私達は突貫で来たので、その神社が何を祀っているのかもよくわからない。それでも何となくありがたくて思わず拝んだ。
頂上からの景色を見て、コンビニで買っておいたおにぎりと水を飲む。
ピロン、と写真を取る音がした。今日は佐倉さんもスマホの電源を入れているので、景色を撮りまくっているらしい。私も同じく写真を撮る。
「今、あの人に写真送ってやったの。美人と浮気中って」
「え、私、そんなに美人かなぁ。照れちゃうんだけど」
私がテレテレと言うと、佐倉さんはバツが悪そうに言った。
「ごめん、美人って葉月さんのことじゃなくて、岩木山の事……」
「な、なんと!!」
勘違いに赤くなる私に、佐倉さんは言い訳のように言った。
「だ、だって、太宰治が岩木山は美人の山って言ったって、葉月さんが教えてくれたんじゃない」
「そうだけどぉ」
「それに、葉月さん昨日私を振ったじゃない」
「そうだけどぉ」
おにぎりを食べて下山準備に入る。
「登りより、降りるほうが多分キツイよね」
そう言いながら私達は一歩を踏み出す。
この山を下りたら私達はまた日常に帰るのだ、
私は殴った彼氏と決着をつけなきゃいけないし、佐倉さんも恋人と今後どうするか話し合いをするのだという。
下山後、佐倉さんは装備一式をゴミ袋に詰めた。
ホテルの人に処分を頼んだ佐倉さんはスッキリした顔をしていた。
「ちょっと勿体ないね」
一緒に青森から帰るための夜行バスを待ちながら、なんとなく私は言った。結構登山用品って高かったし。
「まあね。でももう着ないから」
そう言うと、佐倉さんは私に向き合った。
「ありがとう。一緒にいてくれてよかった。精神的にとても助けてもらえたよ」
「そんな、私は」
私は、ただ、ムシャクシャしてただけだから。
彼氏に浮気されてムシャクシャして、ただ同じような境遇の人を見つけて傷を舐め合いたかっただけだ。
それなのに、そんな感謝されちゃ、困る。
「また、会える?」
ふと私がたずねると、佐倉さんは少し考えて言った。
「そうだね、本も返さなきゃダメだしね」
「本?」
「バスで貸してくれたじゃない。『津軽』。それ、読み終わってから返すから。読み終わったら連絡するよ」
そう言って、意地悪そうに佐倉さんは私の貸した文庫本を見せつけてきた。
実は、出版社違いで津軽が収録されてる文庫本はいっぱい持ってるんだけど。だから別にあげちゃってもいいんだけど。でもそんな事言うほど私は野暮じゃない。
「わかった。読んだら感想かせてね!あと、太宰治に影響されて心中とかしないでよ!」
「するわけないでしょ。心中なんか大嫌い」
そう佐倉さんが元気に言い放ったのと同時に、私達が帰るための夜行バスがやって来た。
End
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