Binary Star

10/193
前へ
/193ページ
次へ
興味なんて無かった。自分が誰かのお世話をするなんて…。 そもそも、介護という言葉をよく理解していなかった。 きっかけは、同級生の女性に言われた…半ば強引な頼まれごとだった。 「お願い!!悠真。ちょっとで良いから手伝って。」 「介護…って。何するんだよ?」 「お年寄りの話し相手とか、散歩したりとか。」 それぐらいなら、出来る。軽く承諾した。 「大嘘つき!!」 実際は、オムツ交換や食事介助。認知症のある高齢者から何度も同じ事を言われては、それに答える。 入浴介助も有れば、失禁した方のお世話や排泄処理。 同級生の女性は、申し訳無さそうにしていたが、一生…根に持ってやると…心に刻んだ。 その肉体労働に合わない報酬。 「あれだけやって、コレだけ?」 給与明細を見ては、肩を落とした。 気持ちが変わったのは、ある高齢者の一言だった。 施設の部屋を巡回している時に、目が合った男性…もちろん高齢者。 「どうしました?」悠真が声を掛けると 「手の爪を…切りたいんだが…。」そう言うと、悠真がその男性の隣に座り、手の爪を見た。 「あぁ、伸びてますね。ちょっと爪切り持って来ます。」 スタッフルームから爪切りを持って、その男性の隣にまた座り、爪を切っていた。 「これで良いですか?」 それを見た男性が…ニコリと笑顔で言った。 「アンタ…優しいねぇ。ありがとう。」 "え?爪切っただけじゃん…。ありがとう?何故?" 心でそう言いながらも、笑顔でその男性から離れた。 "喜ばれる仕事なんだな…" 内心、嬉しかった。辛い仕事だが、そんな一面もあり…その日を終えた。 そんな男性が…2日後に息を引き取った。 ショックだった。他のスタッフは、いつもと変わらない感じなのに違和感があった。 悠真は、そこを辞め…ヘルパー2級を取りに行った。 「常に目線を合わせて。」 「自分がして貰いたい事を、相手に。」「常に他のスタッフの動きを読んで、動く。」 徹底的に教わった。 それらを教え込まれ、次はデイサービスに勤める。同じ介護職だったが、スタッフ間の仲の良さ…それが心地良かった。 「やるなら、その日、笑って貰えるために、トコトンやってやろう!!」 悠真なりのポリシーがあった。 仮装してみたり、利用者の混じってメイクしてみたり、とにかく笑顔になって帰って貰う。 話を聞く時は膝をついて目線を合わせる。他のスタッフの動きを見て、その先読みをして動いていた。そんな楽しい仕事だったが…腰を痛め、辞めざるを得なかった。 腰の調子も良くなり、復帰した職場が…良くなかった。 何をしても怒られる。言われた通りにしても、粗探しをされ…また怒られる。良い事があって、それを他のスタッフに話すと… 「そんな事、当たり前。自惚れるなよ。」 悠真の口癖…『すみません』や『ごめんなさい』は… ここで身に付いた。 それ以降、何をやっても続かない日々を過ごしていた。 その一部を…ママに話した。 ママは聞いた後でアッサリと言った。 「アヤ…それ、ただの僻み(ひがみ)よ。」 「…僻み?」 「昨日のアヤの動きを多分、現場でもやっていたと思う。それを見た、仕事の出来ない奴の…単なる僻み。アヤは出来る人間なのよ。」 「…出来る?普通にやってただけなんですけど…。」 それを聞いたママがアヤの両肩に優しく両手を置いた。 「アヤ…アンタの普通のレベルが…高過ぎる。自信を持ちなさい。」 初めて言われた言葉に、意図せず、涙が出てきた。 「アヤ…アンタ…かなり、いじめられてきたんだね?此処は大丈夫。私がアヤを認める。」 何かが弾ける音がした。 止まらない涙にママがおしぼりをくれた。 「そんな顔じゃ、お客様に失礼よ。」 優しかった。
/193ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加