Binary Star

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本来なら、約30人にも及ぶ花魁道中の隊列。そこは、街の催し物。約4分の1程の人数での開催となった。 高張提灯...その街の名前が入った提灯持ち。金棒引き...道中を先導する 露払い的な役割。 箱提灯...《愛彩》の文字が入った提灯持ちの清春。 禿(かむろ)となったママと香織。 その後ろに太夫となった...花魁(愛彩)その左斜め前に肩貸しのヒデ。 最後方に傘持ちの直人。この8人で臨む花魁道中。スタート地点には、赤い幕が張られていた。 隊列を整える8人。 「それでは、行きますよ。」皆は愛彩の顔を見た。愛彩は小さく頷くと、目つきが変わった。 「アヤ?その目つきは?」振り返る...禿の香織が聞いた。 「見られる楽しみを...味わう前の目つきですよ。」そう言うと、穏やかな表情になった。 拍子木の〖カンカン〗と高く澄んだ音が出る。それと共に幕が開けられると、 高提灯を持つ男性が叫んだ。 「愛彩太夫...御成り〜!!」続いて、金剛引きの男性が〖シャンシャン〗と、金剛を地面に打ち付け出てきた。 「御成り〜。」提灯持ちの清春が出てきた。金剛引きの〖シャンシャン〗に合わせ、禿のママと香織も出てきた。 そうして、いよいよ、肩貸しのヒデと太夫の愛彩の出番。〖シャンシャン〗と金剛の音と共にその姿を現した。 「いよっ!!待ってました!!太夫!!日本一!!」 観客の掛け声に笑顔で答える愛彩。最後尾から傘持ちの直人が出てきた。 沿道を埋め尽くす見物人は愛彩がアヤだと気付くのに、時間は掛からなかった。 高提灯の掛け声...「愛彩(あや)太夫...御成り〜。」との掛け声。 「え...アヤって今、言わなかった?」 「アヤ太夫って、言ったよね?」 見物人の耳に...そう聞こえる、太夫の名前。 「ザワつきだした...てことは、愛彩がアヤって事がバレたかな?」 香織の言葉にママがチラッと周りを見回した。 「まぁ、おもいっきり、アヤ太夫って言ってるからね。」 ママは至って、冷静にそう答えていた。 2人の気持ちとは裏腹に、愛彩の表情はやや硬く真っすぐに先の方を見ていた。 「アヤちゃーん!!」そんな声援には見向きもせず、〖シャンシャン〗の金剛引きの合図と共に、外八文字を行うことで頭が一杯だった。 ヒデの肩貸しのタイミングは絶妙なモノだった。 最後尾、傘持ちの直人は目の前の愛彩の外八文字の動きを唯一、見れる関係者だった。約10日にも及んだ特訓。それは、アヤの腰つきをも一変させていた。 それと同時に、自分よりも遥かに力の劣るアヤの身体能力の高さ。それを改めて知った。自体重に加え、約40キロの衣装...高さ30センチにも及ぶ高下駄。金剛引きの〖シャンシャン〗の音に合わせ、腰と足全体を使い、歩く姿は妖艶な動きにも似ていた。 メインストリート中盤を過ぎた辺りからは、愛彩はアヤだと誰もが確信していた。 「アヤちゃーん!!素敵!!」 その頃になると、笑顔で返す余裕を見せた。 「安室奈美恵が太夫になると、こんな感じになるってのか!?」 観衆の中には、そう言う者も現れてきた。 テレビカメラは何台来ているのか?この大勢の観衆は一体、何人居るのか? そう考えだした時、愛彩の下半身は...ほぼ、麻痺状態だった。 拍子木の〖カンカン〗と高く澄んだ音。それで我に返った。 「それでは、愛彩太夫の花魁道中は、これにて、終了とさせて頂きます。」 "あぁ...終わったんだ..."安堵の気持ちと共に、高下駄を脱ごうとするが、足が言う事を聞かない。 「アヤ?もう、終わったんよ?」香織の言葉に苦笑いするアヤ。 「あ、足が...言う事を利かなくて...麻痺した感じ。」 それを聞いたヒデ・清春・直人がアヤを支える。ママと香織が鼻緒からアヤの足の指を外し、草履に履き替えた。 「何か冷やすモノを持って来てくれ!!」 近所の店からバケツ...大量の氷と水が入った、その中に足を入れた。 「東西の通りは辞めとくか...。」ヒデの言葉に、パンパンに張れた脹脛(ふくらはぎ)を冷やしていたアヤが言う。 「やります。本番で緊張もあったせいか、足の動きが堅かった。次は大丈夫です!」 ストローでスポーツ飲料を飲み干すアヤ。 そこまでアヤを奮い立たせるものは、何なのか?ヒデはアヤの脹脛を優しくマッサージしていた。
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