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ママは奥で付け合わせの仕込みをしていた。それを見て思わず出た言葉…
「うわぁ…綺麗…。」
悠真の一言でママの仕込みの手が止まった。
「あ、すみません。」
そう言うとママが悠真に近寄ってきた。しかも、真顔だ。
「アンタ、さっきから…すみません。ばかり言ってるね。イジメられてきたの?」
「…あぁ、すみま…。」寸前で止めた。
ママは悠真の両手を掴んだ。
「良い?アンタは今日から、お客様の前に立つの。そんな、すみませんばかり言ってたら、楽しいお酒も不味くなる。目の前のお客様を楽しませる!!話を聞く!!その話に返す!!周りにも目を配らなきゃいけない。下ばかり向いてたら、目の前のお客様に失礼よ!!」
「…はい。分かりました。」
ママの言う事は最もだった。自分が客でも、目の前の店員が謝る…下を向くと言うのは楽しく無い。
「…で?綺麗?」
「えっ?」
「この盛り付け。」
「はい。綺麗です。」
それを聞くとニヤッと笑った。
「口を開けなさい。」
「えっ、はい。」
悠真が口を開けると付け合わせの一部を口に入れてくれた。
「…美味しい!!」
心から美味しいと感じた。
それがママにも伝わったのか…ニッと笑い「私の付け合わせよ。不味いワケがないでしょ?」
ママは味だけで無く、手際も良かった。それを見ていた。ただ、見ていただけだった…。
身体が動く…悠真の意思と違って、ママの動く…その手際に良さに合わせて手が動き、付け合わせが出来上がった。
「アンタ…婆ちゃん子でしょ?」
「…はい。どうして…分かったんですか?」
「私も…そうだったからね。」
「…そうだったんですね?」
「…今日は週末。ちょっと忙しいけど、その方がアンタの為。」
曜日の事なんか…忘れていた。
ママが日捲りカレンダーを1枚破くと…金曜日。
「そう言えば…アンタ…名前聞いてなかったわよね?名前は?」
「えっと…下の名前は悠真です。」
「悠真…源氏名…何にする?」
「源氏名…。何が良いんですかね…。」
「そうねぇ…。すみませんやごめんなさい。そんな事を言ってばかりだったでしょ?」
「…はい。その通りです。」
「じゃあ、謝ってばかりだから…アヤ。アヤにしようか?」
「アヤ…。まぁ、お任せします…。」
「じゃあ、アヤね。アヤ…カウンターを拭いてくれる?あと、ボックス席もね。」
そう言って布巾をポイっと投げられ、上手くキャッチした。
「反射神経も良い。なかなか、面白い子ね?アヤ。」
恥ずかしくなった。渡された布巾を水道で濡らし、硬く絞ってカウンターからボックス席、全部を拭いて回った。
ただ、目の前の仕事を熟す…そんな気持ちでやっていた。
「さすが、婆ちゃん子ね?隅々まで拭く。」
カウンターの中でママがタバコを吸いながら、見ていた。
「アヤ。タバコ…吸うの?」
「電子タバコです。」
「そう。吸う時は…。」
「お客様に一言…ですよね?」
ママは2、3回頷いて笑みを浮かべていた。
「上等ね。それぐらい分かってるなら。」
妙に…嬉しかった。
「何をやっても続かない子」や「良い年して無職なんて…。」
そんな事ばかり、言われて来た自分を少し認めてくれる人が居た。
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