Binary Star

6/170
前へ
/170ページ
次へ
ママは奥で付け合わせの仕込みをしていた。それを見て思わず出た言葉… 「うわぁ…綺麗…。」 悠真の一言でママの仕込みの手が止まった。 「あ、すみません。」 そう言うとママが悠真に近寄ってきた。しかも、真顔だ。 「アンタ、さっきから…すみません。ばかり言ってるね。イジメられてきたの?」 「…あぁ、すみま…。」寸前で止めた。 ママは悠真の両手を掴んだ。 「良い?アンタは今日から、お客様の前に立つの。そんな、すみませんばかり言ってたら、楽しいお酒も不味くなる。目の前のお客様を楽しませる!!話を聞く!!その話に返す!!周りにも目を配らなきゃいけない。下ばかり向いてたら、目の前のお客様に失礼よ!!」 「…はい。分かりました。」 ママの言う事は最もだった。自分が客でも、目の前の店員が謝る…下を向くと言うのは楽しく無い。 「…で?綺麗?」 「えっ?」 「この盛り付け。」 「はい。綺麗です。」 それを聞くとニヤッと笑った。 「口を開けなさい。」 「えっ、はい。」 悠真が口を開けると付け合わせの一部を口に入れてくれた。 「…美味しい!!」 心から美味しいと感じた。 それがママにも伝わったのか…ニッと笑い「私の付け合わせよ。不味いワケがないでしょ?」 ママは味だけで無く、手際も良かった。それを見ていた。ただ、見ていただけだった…。 身体が動く…悠真の意思と違って、ママの動く…その手際に良さに合わせて手が動き、付け合わせが出来上がった。 「アンタ…婆ちゃん子でしょ?」 「…はい。どうして…分かったんですか?」 「私も…そうだったからね。」 「…そうだったんですね?」 「…今日は週末。ちょっと忙しいけど、その方がアンタの為。」 曜日の事なんか…忘れていた。 ママが日捲りカレンダーを1枚破くと…金曜日。 「そう言えば…アンタ…名前聞いてなかったわよね?名前は?」 「えっと…下の名前は悠真です。」 「悠真…源氏名…何にする?」 「源氏名…。何が良いんですかね…。」 「そうねぇ…。すみませんやごめんなさい。そんな事を言ってばかりだったでしょ?」 「…はい。その通りです。」 「じゃあ、謝ってばかりだから…アヤ。アヤにしようか?」 「アヤ…。まぁ、お任せします…。」 「じゃあ、アヤね。アヤ…カウンターを拭いてくれる?あと、ボックス席もね。」 そう言って布巾をポイっと投げられ、上手くキャッチした。 「反射神経も良い。なかなか、面白い子ね?アヤ。」 恥ずかしくなった。渡された布巾を水道で濡らし、硬く絞ってカウンターからボックス席、全部を拭いて回った。 ただ、目の前の仕事を熟す…そんな気持ちでやっていた。 「さすが、婆ちゃん子ね?隅々まで拭く。」 カウンターの中でママがタバコを吸いながら、見ていた。 「アヤ。タバコ…吸うの?」 「電子タバコです。」 「そう。吸う時は…。」 「お客様に一言…ですよね?」 ママは2、3回頷いて笑みを浮かべていた。 「上等ね。それぐらい分かってるなら。」 妙に…嬉しかった。 「何をやっても続かない子」や「良い年して無職なんて…。」 そんな事ばかり、言われて来た自分を少し認めてくれる人が居た。
/170ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加