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ママが言っていた通りだった。
午後7時を回ると、ガランとしていた店内は、あっという間に満席になった。
それを上手く捌くママ。
"これだけの客を1人で捌いてたのか…"
悠真…アヤはその凄さに圧倒されっぱなしだった。
そんな中でも、ママのやり方を見ていた。
"「子どもじゃ無いんだから、見て・聞いて覚えなさい!!」"
トイレに入る客を見ては、おしぼりの用意をしたり、薄くなった飲み物…ガラスを拭いて足したりと…ボックス席に座って接客しているママが、アヤの顔を見ると…アイス(氷)の用意をしたり…。
接客も会話をしながら、他の客の様子を見る。電子タバコを吸う時は、客の承諾を得る。
アヤの動きを見た1人の客がママに尋ねていた。
「この子…経験者なのかい?」
「全くのど素人よ!!」
「へぇ!!ここまで気配り出来るなんて、何処かで働いてたのかと思ったよ。」
そう言われると困ってしまい、照れ隠しの為にその客のグラスを拭き、酒を足そうとしていた。
「ねぇ?幾つ?」
「えっ?」
本当の年齢など言えない。かと言って、はぐらかす訳にもいかない。瞬時に答えた。
「永遠の25歳です!!」
それを聞いた客が笑い出す。「それを言ってたら、俺もそうだよ!」
上手くかわす事が出来た。
複数人が退店しては、また複数人が入店する。
そんな事を繰り返しているママの店。
「あらぁ?新人?」
女性客から言われた。
「はい。今日からです。」
「へぇ。ママが新人をねぇ…。」
意味ありげな言葉に違和感が少しあったが、そんな事を言っている場合では無い忙しさ。
相変わらず、やる事の多いカウンター内で、動き回るアヤを見ていた…その女性客から言われた。
「経験者?」
「違いますよ。初めてですから。」
「どうして、そんなに動けるの?」
「どうして…。」
返答に困った。
「ちょっと!!うちの新人をイジメないでよ!!」
ボックス席からママの助け舟が出された。
「だって…凄くない?初日でしょ?」
「そういう子だって居るのよ!!アンタみたいなノロマじゃ無いんだからね!!」
「ノロマは酷いわね。」
ママの言葉は周りを笑いにする。その人柄がそうさせているのか?それとも、酔いに任せた勢いなのか?
「ねぇ、名前は?」
「アヤ…です。」
「アヤ…そうなんだ?」
そう言われてニコリと笑う事も出来た。
「あ、もう…こんな時間だ。終電間に合わなくなるな。」
そう言った客が会計の仕草をした。
その時の時刻が午前0時を迎えようとした。
"ええっ!!もう、こんな時間!?"
「アヤ…今日はもう、良いわよ。」
ママがカウンターに来て、小声で言った。
「あ、はい。明日は…。」
「今日と同じで良いから…。」
「分かりました。お疲れ様でした。」
「はい。お疲れ。」
帰り際のママの笑顔が嬉しかった。
悠真…アヤの初日は…何がなんだか分からずに終わった。
今まで働いた仕事と何か違う達成感があった。
賄い…時々出された少しの食べ物と酒。
「なんか…騙された様な…。まぁ、良いか。」
忙しさからの延長線上にあった帰り道。クタクタ…な気分なんかじゃ無かった。
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