Binary Star

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達成感や満足感…それは、一言で打ち砕かれた。 母親の不機嫌な顔と「こんな時間まで、遊び回って!!」の言葉。 悔しかった。 遊んでなんかいない。働いてた。しかし…"ゲイバー"で働いている…そんな事は一言も言えない。 「アンタ!酒臭い!!酒を飲む金が有るのなら、家に入れな!!」 買ってなんかいない。接客で飲んでる。しかも、客の金だ。 言い返せなかった。言いたくも無かった。 家に帰れば否定され、バカにされ…やっと探した仕事は…"ゲイバー"。 何も言わずに部屋に行った。ドアを開けると、昼間の残暑と熱帯夜で温室と化した部屋のエアコンのスイッチを入れた。しかし、その部屋を冷やすには時間が掛かる。 汗が流れ出たまま、ベッドの上で大の字になって部屋が冷えるのを待っていた。そんな時に思った。 「でも、居心地…良かったなぁ…。」ベッドの上で、天井を見上げて呟いた。 同時に…不安もあった。 「俺…上手くやれてたのかな…。」 客からの言葉…それはリップサービスと捉えていた。初めてやった業種で不安な想い…。 しかし、それを上回るぐらいの楽しさがあった。 特に肉体労働でも無い。目の前のお客様と話をして、楽しく過ごして貰う。時々では有るが、ママの付け合わせも食べれて、お酒も飲める。そして…それに給与が発生する。 「こんなので…給料、貰えるのか?」 そんな不安もあったが、いつの間にか…寝てしまっていた。 暑さで…目が覚めた。 「あちぃ…。」 エアコンのスイッチは…いつの間にか、切られていた。 母親が切った事は分かっていた。 やけに喉が渇き、台所の冷蔵庫から麦茶を飲んでいる時だった。 居間のテレビは連日の猛暑を伝えている。中には電気代の節約と…エアコンを我慢して、熱中症で死亡する高齢者の話も伝えられていた。 「そりゃ、死ぬよ。これだけ暑いのに…。」 独り言を言っていた時だった。 「良い身分だね。昼まで寝て…起きたかと思えば、台所で呑気にお茶なんか飲んで。」 母親の小言が始まった。もう、聞き慣れた言葉を無視し、汗臭い身体をシャワーで洗い流していた。着ていた洋服も洗濯し、自分の部屋に干す。 悠真には拘りがあった。普段、部屋で着る洋服や下着と外に出歩く時の服は別に洗う。 外に出歩く時の服はある程度、乾燥するとアイロンを掛ける。 「せめて、外に出る時の格好ぐらいは…良く見られたい。」 気に入った服はそうやっていた。無造作に洗濯機に入れると、乱雑に扱われるのが嫌で堪らなかった。その日も、そうやってまで、過ごしていた。 クローゼットに入れられた最近のお気に入り…。 レディース物のボトムス達を眺め、今日の格好を考えていた。 「…そう言えば…。」 そう言って、嫁いだ姉の部屋に入ってクローゼットを開け、置いていった服を物色し始めた。 赤いブラウス…襟にフリフリが付いているのを見つけるとそれを自分の身体に当てがった。 「…店にこれ着て出たら…ママ…怒るかな?」 そのブラウスを綺麗に折り畳み紙袋に入れた。 ワイドパンツにTシャツ…とりあえず、その格好で家を出ようとした。もちろん、紙袋を手にして。 万が一、ママから怒られても…なんとか数時間は過ごせる。不安もあったが、母親にバレない様に、慎重に家を出て…店に出勤した。
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