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 男は秋の夕暮れの中を、家に向かって歩いている。  穏やかな薔薇色の空の下を、軽い足取りで歩いている。  男は右手に大きめの袋をぶら下げている。  その袋にはいつもより少しだけ高級なボトルワインが入っている。  男が今日、上司から頼まれた残業を断って早く帰ってきたことを、何故だか”私”は知っていた。  そのことで、恐らく明日会社で嫌味を言われるだろうということを、何故だか”私”は知っていた。 「ただいまぁ~、ワインを買って来たよ、2人で飲もうと思って」 「嬉しい。憶えててくれたんだ、結婚記念日」 「え? 今日だったっけ?」 「あれ? だから早く帰ってきてくれたんじゃないの?」 「最近暇なんだよ。ウチの会社もそろそろヤバいかもしれないなぁ」  特別有能でも無能でもないその男は、とぼけた顔でおどけてみせた。 「そうよね、あなたはそんなこと憶えてるような人じゃないわよね」  ちょっとだけスネてみせたその女は、妻になった”私”だった。
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