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陸 クラウベルクの天使
(……また来た)
ここはイスラークにある魔塔の中の図書館。世界中から集めた資料や図鑑、そして魔法書などを保管している所だ。
他にも禁書や呪術書など取り扱いに注意しなければならないものや、読んだ者の命を奪う呪われた書物などの危険物もあり、かなり実力のある魔術師でないと扱えない書物が幾つもある。
そんな魔塔の図書館で誉高き司書を勤める魔術師マイロ・プリツカーには最近、ちょっとした悩みがあった。
ちょうどその悩みのタネがやって来たらしい。部屋の大扉が小さく開くと、その隙間からひょっこりと黒髪の可愛らしい少女が顔を覗かせていた。
マイロがその少女に目を向けると、すぐに目が合ってしまい…彼女はニコリと笑顔を浮かべては静かに室内に入ってきた。
「本の返却をしに来たの」
「…わかった」
その少女ルクレツィアが、自分の頭よりも大きな本を両手で抱えた姿でマイロの元へとやって来た。マイロは彼女の小さな手から本を受け取ると、自身の机の端に置く。
無事に返却本を受け取ったというのに、ルクレツィアは何故かその場から動かずに、じっとマイロを見つめていた。
まだ何か? と、マイロが目で訴えてみると、ルクレツィアは慌てながらも緊張した面持ちで言う。
「あの、ね…実は他にも借りたい本があって…」
マイロは眉を顰めた。
「その本がどこにあるか分からないから、案内して欲しいの…」
少し不機嫌そうな雰囲気を醸し出すマイロにルクレツィアは遠慮がちに続けると、彼は面倒そうに息を吐いて立ち上がった。
マイロは正直、ルクレツィアと関わりたくないと思っていた。どうやら彼女は噂と違ってノーマンではないようだが、魔法は使えないし…彼女に価値を見出せないと思っていたからだ。
これも司書の仕事だと切り替えて、マイロはルクレツィアから探し本の詳細を聞くと「こっちの本棚だ」と案内する。
ルクレツィアの目当ての本はすぐに見つかった。彼女の身長では到底届かない高さに陳列されている。
代わりに取ってやろうと思ったのだが、その本は5冊のシリーズものでありマイロにはどのシリーズか分からなかったので、横に立ち本を待っているルクレツィアの両脇に手を差し込むと、そのまま彼女の体をひょいと持ち上げた。
「わっ!」
(え、軽…)
突然抱え上げられた事で驚いたルクレツィアと、彼女が余りにも軽くて驚くマイロ。
ルクレツィアは驚きでまだドキドキしながらも、お目当てのシリーズ本を本棚から抜き取った。すると、マイロはルクレツィアに負担がかからないよう気を遣いながら丁寧に彼女を下ろしてやっていた。
彼女の足が床にしっかり着地したことを確認すると、すぐに背を向けて元いた自身の仕事机へ歩いていくマイロ。ルクレツィアは大事そうに本を抱えたまま、小走りにマイロを追いかけて、そして彼の服の袖を軽く引っ張った。
マイロが足を止めて振り返る。
「…あの…ありがとう!」
そう言ってルクレツィアに愛らしい笑顔を向けられたマイロは…。
「………か…」
何かを言いかけたかと思えば、慌てて自身の口元を手で塞ぎ、グッと顔全体に力を入れて顰めっ面を作った。
愛想もクソもない冷たい態度で再びルクレツィアに背を向けたマイロだったが…振り返った彼の顔は顰めっ面のまま真っ赤に染まっている。
(つい思わず『可愛い』と言いそうになってしまった…! 魔法も使えない無価値な少女の筈なのに…なんでこんなに愛らしいと思ってしまうんだ…!?)
そう。マイロの最近の悩みは、気を抜くとルクレツィアを可愛がってしまいそうになる事だったのだ。
魔塔主ディートリヒの娘、魔法の使えない娘、竜を従える娘…と、魔塔の魔術師達から様々な呼び方をされているルクレツィアだが、今、この少女によって魔塔には大きな変化がもたらされようとしているのである。
それは…『ルクレツィア・クラウベルクは、天使なのでは…?』という概念が生まれつつあるのだ。
それにはちゃんと、理由がある。
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